鼓膜を破壊する怒号のような爆音が、昏い大空洞内に谺(こだま)する。
明らかに地維(ちい)さえも貫き、砕け散らせるような驚異的な運動量を秘めていた。
寸前で敵の巻き起こした砂埃など、苛烈な運動量の間では風前の塵に等しく、爆圧の波に巻き込まれ敢え無く吹き飛ばされていった。
渾身の一撃を振り払ったコンポジットドラゴンは自身の引き起こした惨状を確認し、満足げに唸(うな)る。
この時を以て、地表から羽虫の如く近付いて来ていた敵性反応は完全に消失した。
先刻の速度ではこの場に辿り着くまであと数秒は掛かっていただろう。だが、自身の視界には地上、空中共に、接近してくる敵影は見受けられない。
恐らくは、今度こそ完全に砕け散り、消え去ったのだろう。
尋常な肉体であれば、先の攻撃を退けた時点で圧倒的な爆圧に巻き込まれ、三半規管をはじめとして幾多の内臓器官にまでそのダメージが及んでいる筈だ。
人の言葉で云えば、轢殺(れきさつ)に相当するであろう凄惨な最期。
その惨(むご)たらしい末路は、少女の決着としては下の下でしかない。
自身の引き起こした殺人という行為に一切の罪悪感や後悔はない。
全ては成るべくして成り、起こるべくして起こったことだ。
それを選んだのは他でもない人間達自身。圧倒的な存在感を放つ巨竜に挑むことがどのような結果を齎すか―――それは挑む前から分かっていた筈だ。
故に、消し去った命に対し、今さら何の感慨も浮かぶことはない。
ただ、自身に与えられた目的を粛々と熟しただけ。弱肉強食に紐づいた命の天秤は決して覆ることはなく、このゲヘナ晶原では、それこそが唯一無二にして絶対の掟だった。
だが、スナッチャーを経由して感情の機微を学んだ巨竜は、その心奥に一抹の疑問符を生じさせた。知能が向上したことで表出してきた、感傷ともとれる情念の欠片。今の今まで、そんなものを感じることはなかった。それは戦闘行為への希求。生態ピラミッドの頂点に立ち続けたが故に表出した孤独。その渇きを潤す可能性を秘めた、魔法使いという存在への期待感。
邂逅してから数分も経っていなかった。惜しむらくは、更なる闘争を望んでいた。より長くより精練された、互いの余命を燃やし尽くすような圧倒的な熱量。
スナッチャーに取り付かれた時点で、自己意識の大半は虚無へと呑み込まれていた。そして、僅かに残った自我は更なる転換期を迎え、根源的な渇望に汚染されつつあった。
これが弊害なのだろう、スナッチャーは世界を統べるに値しない。構造的に明らかな欠陥がある。
何処までも戦闘行為を追い求める。果てのない刺激への熱望、溢れ出る過剰な活力。快楽中枢を経て誘発された漲る闘志は肉体の限界をも忘れさせ、ただ次の争いを追い求めるために、個体の持つ価値観を変容させ、宿主は不可視の切迫感に突き動かされ続ける。
この寄生生物が世に蔓延した先に見える未来は、闘争に次ぐ闘争。屍が新たな屍を生む。そうして築かれた死の山の頂上で最後に嗤っているのは、女の貌をした死神だけだ。
―――神、か。
馬鹿馬鹿しい。まさか竜として生まれ、人の感性に絆(ほだ)され、神という存在に意識を向けることになるとは。とんだお笑い種に等しい。
急造で得たこの知性で、私は何を想うのか。
他者より供与された理性/価値基準で物事を判断したところで、それは何かを思考したことになるのか―――。
今では脳裏のブラックボックスで繋がっている、幾多の命を感じ取ることが出来る。
彼らは元々が知能の低い生物であったが故、中枢神経の構造は比較的単純であり、その容積もまた限定的だった―――つまりその思考は、完全にスナッチャーの支配下に置かれている。
前頭葉の発達した霊長類の上位種か竜種のみ、洗脳の最終段階を僅かばかり遅滞させることが出来ているのだろう。
私自身、彼らに憑りつかれた時点で思考以外の自由は既に奪われてしまった。もはや口腔から吐き出す呻き声さえ、自らの意思で上げることは叶わない。
今はただ、汚染されかけた脳裏で内省を繰り返すのみ。
この思考自体、完全に彼らに呑み込まれるまで時間の問題だ。
寄生されてから数日の短い猶予期間。完全に同化されれば、どのような外法を以てしても分離することは不可能だろう。
恐らく向こう幾ばくもなく、物理的にも精神的にも整合が進み、相互に細かな置き換えが起こり始める。
私がスナッチャーで、スナッチャーが私自身。
2つが1つに混じり合い、その先は合一された新たな生物として生まれ変わる。
今はその前段階に過ぎず、終(つい)の間に残された命の灯火といったところか。
そこまで考えを巡らせたとき―――竜は自身の躰の一部に、ふとした違和感を覚えた。