自作小説

【第1部第1章6節】Crisis Chronicles

 その昔、魔法は当たり前のように存在し、人々の生活を根底から支えていた――――――

 ―――――――魔法。

 それは大気中に存在する生命の残滓である魔力素を体内に取り込み、ミトコンドリア内部のマトリクスで魔力に変換し引き起こす神秘の御業である。

 地球上の文明は往々にしてこの魔力と呼ばれる力を利用することで発展していった。

 それは遥か昔に存在したルテノカリスやアグノレアといった生物種もまた同じである。(彼等は魔力を体内循環系の促進にしか使っていなかったようだが)

 画して、人類の発展もまた魔力に支えられてきた。

 魔力運用の方法は太古から生物の体が覚えていた為、魔法の発展に必要なのは技術の発達―――――つまり、新型魔法陣の開発であった。

 現在より2000年前、幸運にも文明はマーリン、グレゴリウスⅢ世などの数多くの優秀な魔法使いを保持できた為に飛躍的な発展を遂げた。

 それは例えば金属運用魔法(メタリックマニューバ)―――――――この魔法は都心の街並み、外観を大きく変えることとなった。

 従来型の建築方法は魔法で火を起こし、レンガを積み上げるだけであったのに対して、次世代型は地中の金属元素を用い、より強固な外壁を築き上げた。

 これによりレンガ造りの街並みは一変し、金属的な外観となった。

 そして主な移動方法はどこにでもある手頃な家具(有り体に言えば箒)などではなく、角のとれた金属的なフォルムの魔動四輪車(カーチェス)と魔動二輪車―――――現在のノルクエッジへと姿を変えた。

 これらの移動手段は動力原に電力、魔力が使われており、そのどちらによっても駆動させることが出来る。

 発売当初から、その比類無きスピードは人々を魅了し、都市部では高速空中レースも勢いを強めた。

 このように金属運用は魔法界の歴史に大きな革命を齎(もたら)した。

 しかし、旧代の魔法使い達の最大の功績と讃えられるのは金属運用魔法の開発ではなかった。

 時代を革新へと導いた世界貢献――――――それは即ち「科学技術と魔学技術の統合」である。

 これはマーリンが無能力者の家庭で生まれ育ったことに大きく起因する。

 そもそも無能力者とは人口比率0,001%の、魔力素を魔力に変換できない人間のことを指す。

 これは優性遺伝によって引き継がれ、両親のうち片方でも無能力者の場合、子は必ず無能力者となる。

 ――――――――はずだった。

 突然変異が起こった。代々無能力者のみを輩出してきたハインズ家に無能力者ではないマーリンが生まれたのだ。

 すぐにこの話題は広く知れ渡ることとなったのだが―――――――この部分は詳細を省くとする。

 そうしてマーリンは両親を閑静な無能力者街(スラム)から都市で生活させるために努力を重ね、果てには魔学の最先端を進む研究機関である"蒼の翼(ネクストフォード)"に所属する程の人物となった。

 そこで彼は魔学の最先端を学び、発展させ、時に頭を悩ませる日々を送ることとなる。

 しかし、いつもマーリンの内に眠る思いは「差別され続けてきた無能力者達を、どうにかして魔法使い達と平等な地位にしたい」であった。

 そうした志もあり、久しく帰っていなかったスラムに帰郷した折に思い付いたのが、無能力者達の間で密かに研究、発展させられてきた「科学」と「魔学」との融合であった。

 それからのマーリンは身を削る努力の末、その研究を大きく認められ蒼の翼に新分野である「魔科学部門」を設立。魔科学部門の主任に任命され、その生涯を魔科学分野の発展に捧げたのだった。

 これが彼の死後の時代にまで語られる魔科学分野の誕生、そしてハインズ歴の開始である。

 ―――――――――そして現在。

 マーリン達の時代から約2000年もの月日が流れ、時はハインズ歴1998年。

 魔科学は他の分野を大きく引き離し発展を続ける世界最大の学問に成長していた。

 現在、この「リエニア」と呼ばれる魔法世界を構成する都市はたった8つ。

 陸地と海洋はそのどちらも、その殆どが開発されておらず、野生生物達は自由に大地を駆けている。

 今でも「リエニア環境保護法」により都市開拓は最小限に留められ、多種多様な生物が息づいている。

 8つの都市の規模は平均面積約350万キロ平方メートル。

 それらは超長距離を空けて点在しており、都市の各所に「ポータル」と呼ばれる扉のような形の巨大転移魔法陣が建設されている。

 その大門を潜り抜け、人々は8つの都市間を移動する。

 現在のリエニアの総人口は約60億人。空間増築魔法により8つの都市の合計最大収容可能人口は計100億人にも上る。

 しかしこれはあくまで都市内の許容人数であって、自然環境の下ではより多くの人間が生きていくことが可能である。もっとも、原生の動植物から自らの命を守り切ることができるのであればの話だが。

 そして約60億人の内、0.001%は無能力者で構成されており各都市の無能力者街(スラム)で生活している。

 その場所は無能力者達にとっては天国とも称される場所だが、魔法使い達にとっては逆に地獄のような扱いを受ける場所でもある。

 しかし、全ての無能力者が魔法使いを目の敵にしているわけではない。

 無能力者の科学者などは魔科学の発展の為に能力の有無に依らず魔学者や魔科学者たちと協力し、技術開発を推し進めている。

 だがこの2種類の人間の間には大きな確執が依然として存在し、それが双方の排斥意識を生み出していることに何ら変わりはない。

 リエニアはその多くを自然のままにしているとはいえ、その殆どは人類が一度は足を踏み入れて調査している。

 現在において存在する人類の未踏査領域はリエニア世界全体の7%までに減少した。

 このまま順調に調査が進めば、あと10年程で世界中の地形が明らかになるとされているが、残りの未踏査領域はこれまで様々な理由によって調査を後回しにしてきた地域であり、実際には調査は困難を極めていた……。

 ――――以上。これがハインズ歴1998年のリエニアである。

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