今後の計画をすり合わせながら、二人は短い朝食を摂った。
UADバングルには、友人達から心配の意を含んだ通知が送られて来ていた。
一応、事の詳細を知らされていない友達には「クレイズが霊体に障られたため、隔離専用施設で長期療養になった」旨の知らせが伝わるようになっている。
脳波検知技術を活用したタイピング機能により、高速で返事を書き上げていくと同時、改めて、多くの人に迷惑を掛けているのだということを自覚していく。
『私は、本当に……人との出逢いに恵まれていたのね……』
心を起点に、暖かいものが体内を循環していくのを感じる。冷えていた血管系が再び、温度感を取り戻していくようだった。
口元に若干の笑顔が灯る。続けて父親であるキングズにも進捗報告を送っておいた。まだ歩き始めたばかりだが、先行き順調だという旨を文面に織り込んだ。
まだ自分が骸骨公との戦闘に巻き込まれたことは伏せておく。それが知られれば、心配性の父親に呼び戻されると思ったからだ。
そうして一頻り連絡を済ませると、既に準備を終えていたユリアと玄関先で合流した。
外界に繋がるドアを開け放つと、再び第三都市の街並みが一望できた。
計画的に構築された市街化区域。それと同調して景観を引き立てている街路樹と自然公園。清浄な空気と蒼い空。天からは煌々と優しい朝日が降り注いでいる。
荘厳に開けた景観を前に、クレイズはふと考える。
これほどまでに清々しい一日。世界規模で見ると何も変わらない一日なのに、その内には各々の状況により、喜怒哀楽――幾重の激情を心に宿した人々が生きている。
そして、自分もその一人である――と。
それは良し悪しの問題ではなく、普遍的な事象であり、否定などする由もない現実。
世界という大きな器の中に、有象無象の芥(あくた)が混在し、しかしそれでも、時間/空間的な運航には些かの狂いさえ生じない。
とどのつまり、誰の立場から捉えた俯瞰風景であるかによって、物事の重要性はそのレベルを大きく変質させる。
個人から視た世界、生物種から視た世界、国から視た世界、星から視た世界、宇宙から視た世界――……。
当たり前だが、そこに時間的要因を加えると、さらにどうしようもない現実が浮上してくる。
『今この私が置かれている危機的状況も、遥か遠い未来や過去から、さらに宇宙視点からすれば、ほんの些細なことかもしれないわね……』
世界から視れば、人の生き死にや、それが積みあがって形成された歴史すらも、すぐにうち捨てられるほどの塵のようなものだろう。
数十億年以上の長大な歴史において、人の一生など、その内の1フレームを切り取った断片よりも、悲しいほどに短い。
世界に対し、そこにどんな価値を見出せと言えばよいのだろう。
『貴方の一生の内、刹那的な瞬間に於いて、貴方の躰に這う生物群が無数に生まれては死んでいく。そのうちのたった1匹が、その生の中で絶望を感じる時がある。だから世界である貴方も同情して一緒に悲しんでください』
そんなことが伝えられるだろうか、仮に伝えられたとしても、人格すらも伴わない世界は、その生き物に対してにべもなく、何の感慨を浮かべることもないだろう。
ようするに重要なことは、全ての事象にはそれを捉える視点の数だけ――観測者の数だけ、那由多にも上る価値が付与されるということだ。
ある物事をどれだけ大切に想うか――それは自分にしかできない。同じ価値基準/価値判断を他人に突き付け、あまつさえそれを強制することなどできはしない。
全ての出来事は、それをどう受け取り、どう噛み締めて、どう行動に移すか――それは受け取る側に一任される。
つまりそれは――世界による「我関せず。自由にせよ」というある意味冷淡な回答以外の何者でもない。
『そう――だから私は、この無慈悲な現実を、ただ一個人として捉え、他の誰のものでもない――私自身の意思としてその解決を望んでいる』
――それは、ある種の自分本位の我儘であると――そう理解(わか)った上で行動すると。そう告げている。
極端な例を挙げるとすれば、例えこの先、エミリアが救出を拒んだとしても、他ならぬクレイズ自身の判断で連れ帰るということ。
例え万が一、誰に望まれなかったとしても、自身の益の為に、自分の生まれた意味や生存価値の為に、その行動を実行に移す―ーと。
高層建築物から一望できる広大な風景は、自身の存在を過小に――或いは、自然の一部分であるという従属意識を再認識させる。
それはいつも当たり前に存在する物事への感謝を想起させる好機にもなるが、反対に、『自分が何をしようともしまいと何も変わらない』という無気力感を誘発することにも繋がる。
クレイズは頭を振って、浮上してきた雑念を断ち切り、最優先事項を再認識する。同時に遠くにいる妹を思い浮かべ、その意思を確固たるものとした。
二人は高層ビルを出た後、これから待つであろう、死を匂わせる凶風纏う建物へと向かった。
昨日、クラッドビルのフロントにて正式にギルド『GunSlinger(ガンスリンガー)』への仮登録を滞り無く済ませたクレイズは、何れ話さなければならなかった案件について慎重に口を開いた。
先日出会ったばかりの人間から助力を得ようというのだから、最早秘匿しておく理由など無かった。
「……ユリア、これから多分必要になってくる情報だと思うから、今のうちに話しておくわね――私の、魔法について」
何かに怯えるように、両者の間に張られた不可視の琴線に触れぬように、紅髪の少女は慎重に言の葉を紡いでゆく。
それを敏感に察知したかのようにユリアは気遣いの気持ちを向けて話さなくて良いと促そうとしたが、彼女の覚悟を決めた真剣な表情を見て取り、口を挟むことは憚(はばか)られた。
「――ありがと、ユリア。でもね……聴いて欲しいの……これはきっと、必要なことだから」
「……解ったわ」
信頼という強固な絆で結ばれた二人は視線を交わし、銀髪の少女は堅く頷いた。
「……私はね――不完全な魔法使いなの。とても不安定で、とても危険な……」
「え……でも、私は貴女がちゃんと魔法を使うところをこの眼で確かに見たわよ?」
幾つかの疑問点が泡のように浮上してくる。ユリアは若干訝しむような目で先を促した。
「確かに、魔法を使えないことはないわ。でもね、困ったことに回数制限があるの――信じられる?……たった三回よ?」
クレイズの話自体には、ユリアはあまり驚きを示さなかった。むしろ彼女があの時の魔力収束砲を際限無く乱発出来ると聴いてしまった場合の方がよほど驚きを示しただろう。
常人には唯の一度として放てないであろう魔力量を、三度も使用出来ること、それを知り得ただけで少女の内心は驚嘆を通り越して呆れ返っていた。
「そして私の行使できる魔法はクルス霊森で見せたあの一種類だけ……他はどんなに簡単な魔法でさえ、使えないの……」
「……理由を、聴いても良いかしら?」
「ユリア、私の体内魔力貯蔵限度量(ストレージ)はね、大き過ぎるの……規格外なまでに……。魔法使用時には必要分量だけそこから魔力を取り出して消費する。その消費の仕方が具体的にはどういう方法が採られてるか知ってる?」
続けて紅髪の少女は目の前の相棒へと尋ねた。これから話すべき内容には、これらの基本事項を熟知していなければ正しく理解出来ないからだった。
「ふふ、そこまで見損なわないでくれる?私だって4Sシステムの恩恵を受けてるのよ。要は水風船を思い浮かべて、その水風船の側面に穴を開けて取り出した水の量が――あ……」
「えぇ……その通り。普通の人なら、風船……体内魔力貯蔵限度量(ストレージ)は生物の生存システムから保護されていて、少なからず緩みが生じているから少し穴を空けたくらいなら直ぐに塞げばいい……だけど私の場合は、ストレージに貯蔵される魔力量が大き過ぎて少しの穴を空けただけで簡単に破裂してしまうの……この意味、解る?」
「何となく……ただぽっくりと死ねそうには無いわね……」
「文字通り、破裂するらしいわよ……粉々にね。お義父さんにも小さい時から散々聞かされてきたから、自分でもそれがどういうことなのか身に染みて解ってるわ」
「じゃあ、ストレージの魔力が使えないなら、今までの貴女の魔法はどうやって使ってたの?」
「小さな穴を空けたら過剰な内圧が勝って、外殻である肉体自体を破裂させてしまう。だから逆に、その膨大な内容量を破裂する間も無く内圧ごと一気に消費してストレージ内の魔力を空にまで持って行けば良いって考えになったらしくて、最速でストレージ内の魔力を一滴残らず排出するのに特化した専用の魔法陣が生み出された。それが私の、唯一の魔法『七星剣(グランシャリオ)』よ。ネタを明かせば案外簡単なモノでしょ?」
「はぁ……そうなのかなぁ……魔法陣を開発した人もすごいけど――ってあれ?ストレージを問答無用に空にしちゃう魔法なら、一度しか七星剣は使えない筈じゃない?」
「うん、それなんだけど、それは私にも細かいことは知らないのよねぇ……でも、私のストレージは三つ存在する。正確に言えば、特殊な仕切りによって三等分されてるって話らしいわ」
「へぇ、まぁいいケド……。なんとなくだけど、分かった気がするわ。それにそれだけ分かれば十分だしね……話してくれてありがと。ほんと、聴いてみればあんまり大したこと無かったわね」
「――へ?ユリア、貴女今まで本当に私の話聴いてた!?」
「何よ?もちろん聴いてたに決まってるじゃない!……寝てたって言いたいの?」
「いや、違うの!私はいつ爆発するかもわからない服を着て歩く爆弾だって言ってるのよ!?……怖く……ないの?もし間違えてちょっとした手違いで七星剣以外の魔法を使っちゃったら隣の貴女も死んじゃうかもしれないのよ?」
「そんなの十分解ってるわよ!それにね、貴女はあの時に私を救ってくれた。私にもう一度生きる希望をくれた。もしも貴女が自分の事を爆弾だって言っても、私は絶対に貴女の敵になったり、遠ざかって行ったりしないわ。例えそれが貴女の願いだったとしてもね、クレイズ。だってもう……互いに命を預け合うパートナー同士でしょ、私たち」
黒髪の少女はまるで当たり前かのように、説き伏せるようにクレイズに言い放った。
「……ユリア。……そうね、これからは変に気を使ったりしない。そうと決まれば、存分に頼らせて貰うからね!」
「えぇ、望むところよ!」
ユリアの言葉は誇張無しに、少女の身体に染み込んでいくようだった。
それは暖かな温もりをクレイズの心中へと分け与え、愛しい妹を救うため、決心を新たにさせた。