自作小説

【第1部第2章6節】Crisis Chronicles

 「――――――――、一体何なんだ……この生物は…………」

 数日前、とある生物学研究機関に持ち込まれたモノは外見こそ既存の生物と何ら変わりは見受けられなかったが、その内部―――――特出すべき点はその中枢器官に在った。

 研究者達の目の前に提示された一体の生物サンプル。これは現地へと赴いた「Shields-シールズ-」が敗退を喫する寸前に都市へと簡易ポータルで送り付けた唯一の成果だった。

 ――――――レティクルマウス。機敏に動き回る白色の四足歩行動物は背部にライフルスコープの照準(レティクル)のような紋様が存在するためにそう名付けられていた。

 治安維持機関から転送された簡易ポータルのコンテナを開いた直後は、何故このような普遍的な生物が送り届けられたのか知る由も無かったが、X線スキャンを用いてその内部を透視することで初めて露見したことが在った。

 レティクルマウスのX線解析画像にはその頭部に白い靄(もや)のようなモノが写り込んでいた。

 これが何を表しているのか不明だった為、直ぐさま頭部を解剖してその正体を明らかにしようという意見も当然のように出たが、入手出来たサンプルがこの一体のみであった為24時間の経過観察を差し挟むという流れに落ち着いた。

 経過観察中、サンプルは長い間周囲を見回し、鼻をヒクつかせるのみだったが、それから数時間も経過するとマウスは奇妙な行動を採リ始めた。

 突然横倒しに倒れ、もがき苦しむように暴れだしたのだ。そして頭部の皮膚表面から何やら黒いゼリー状の液体が漏れ出し、それは3つの液粒となってケージの中に転がり出てきた。

 それから更に奇妙な出来事は続いた。3つの液粒だと思われていた黒液がまるで自我を持っているかのようにガラスケージの中を徘徊しだしたのだ。

 試しにその内二粒を採取し、片方は冷凍保存し、もう片方は内部魔力を取り除いた後に圧潰(あっかい)して内容物を多種の機器分析に掛けた。

 全てのデータが出揃うまでには数時間を要したが、何のことはない。もしも魔法技術が排斥された世界ならばこの数十倍の時間は要しただろう。故にこれには喜ぶことこそあれ、苛立つことなど以ての外だった。

 それにこの数時間は白衣を纏い常識という枷に縛られた者達の頭を冷やすのにはお誂(あつら)え向きだった。一旦突き付けられた現実を飲み込み、冷静に解釈するにはさぞ最適の猶予時間だったことだろう。

 しかし、そうして得られた構成成分の分析結果からは、またもにわかには信じられない推論が浮上して来た。

 判明した組織構成は、既存の生物とはかけ離れた未知の成分が大半を占めていたのだ。加えて至る箇所に人間の手が加えられたような、明らかに整えられた生体組織の配列を確認できた。

 つまりこの生物は人工的に生み出されたものだと、そう結果が物語っていた。

 冷静さを取り戻しかけていた研究者はまたも額から汗を噴出した。次いで眼前で経過観察を終えたマウスに直ぐさま「魔力抜き」を行い解剖に回した。

 表皮を切開し頭骨を剥き出しにするまでは従来の解体作業と何ら変わらず、出血も殆ど伴わないままに強化ガラス壁内でその大脳表面を慣れた手付きで露出させた。

 すると驚くべきことに半径5ミリ、厚さ1ミリ程度の黑色アメーバのようなゼラチン質のモノがその表面に張り付いており、それはドクンと一定間隔で微かに脈打っていた。

 これには今まで数々の珍事を拝見してきた研究者達も息を呑んだ。

 「……これは……一体…………」

 メスの先端で刺激を与えてみると、まるで痛点が存在するかのように脈動を加速させたその物体はギシリと音を立てて一層脳への癒着を強固なものにした。

 次いで脳を傷付けずに剥離出来るか確かめる為に、試しに鉗子(かんし)でその端を掴み、脳から引き剥がそうと試み、様々な方法を試した。だがソレは決して剥がれることはなく、特殊な粘液で完全に接着しているらしかった。

 苦肉の策でこの黑色の軟体生物は速やかに脳と共に摘出された。これを何事も無く終えると、研究者達の渋面にも穏やかな色が見え、これで一段落付いたと誰もが確信した。

 しかしその瞬間、アメーバ状の生物は昇華するように跡形もなく消失した。次いでケージ内に残っていた液粒も空中に霧散するようにして消えてしまった。

 「なに……一体どうなっていると言うんだ……」

 今まで自分達が見ていたモノが幻だったのか疑うほど、一連の出来事は掻き消えるようにスムーズに完結した。

 研究者達の眼の前に残されたのは脳を摘出された生体サンプルとその大脳のみ。脳の表面にも先ほど何かが張り付いていたような痕跡はなく、傷一つ無く艶やかな外見を保ったままだった。

 実験映像は繰り返し再生された。何度も何度も幾人もの学者がその光景を目の当たりにしたが、結局誰も目を見張ったまま何かを答えることは無かった。

 仕方なく、冷凍保存していた液粒が魔力素に乖離しないよう魔力抜きを行い、各方面の最先端研究所へとその一部を提供することが決まった。その数、実に34施設にまで上り、研究は一時中断され、全ての時間はこの解明に費やされた。

 故に48時間も有れば、そのサンプルを十分に解析し構成成分や行動パターンを事細かに把握し、対策方法を捻出することも可能だろう―――――――

-自作小説