自作小説

【第1部第1章3節】Crisis Chronicles

レルネシア学園はその広大な敷地を初等部、中等部、高等部、専門高等部と四つに分割されている。

 学園の円形の敷地を十字に区切り、北西が初等部、北東が中等部、南西が高等部、南東が専門高等部であり、その十字の中心に位置する建物が教職棟となっている。

 リエニアに存在する教育施設は全て四学期制であり、基礎、発展基礎、応用、専門と学期ごとに学習範囲の住み分けが成され、座学の形式はSpeed Stowing Strage Study Sistem(略して4Sシステム)を採用している。

 4Sシステムによる学習形式はいたってシンプルである。

 大空間の専用教室に規則的に置かれた、大人一人が容易に入れるほどのカプセル(Educater:エデュケーター)に体を横たえ、眠りに落ちるだけである。

 これはいわゆる無意識学習と呼ばれるもので、脳の記憶領域である海馬に、知識や経験を織り交ぜた多量の情報を書き込んでいく。

 さらにはエデュケーターを通して、睡眠中の疑似体感時間が数十倍まで引き伸ばされる為、午前中の3時間が実質100時間程の学習量に相当する。

 この座学法はハインズ歴1570年から始まり、約400年間続けられているもので、初等部の初年度から始まり専門高等部を卒業するまで継続される。

 そもそもこの学習法は魔科学技術が急速に発展していく過程で「新しい世代が多様な幅広い分野の専門知識を身につけないと、今後の文明の発展は見込めない」という段階まで到達し、魔科学者、科学者、魔学者の三者が当時の最先端技術の粋を集めて考案、構築された学習法であり、各分野の技術発達とともに年々必要学習量は増加している。

 4Sシステムに依る学習が終了すると、脳内のエネルギー補給のために昼食休憩が設けられている。

 生徒たちは食堂で昼食を摂り、午前中の精神疲労を解消するため、自教室や談話室で友人と会話したり、運動場で簡易な魔法を取り入れた団体スポーツを行うのが日常風景である。

 午前中とは打って変わり、午後3時間は途中休憩を4回挟んでの実技学習であり、各敷地に設けられた演習場を使用して魔法を体で身に付ける。

 因みに毎年四学期には、個々人の適性能力に応じた実技試験が実施され、その結果に応じて次年度のカリキュラムが組まれることになる。

 現在、魔法系統分野の種類は細かく分類すると127種類にも及ぶため、学園ではおおまかにそれを26種類に再分類して広大な敷地内で学習させている。

 濃密な計6時間の学習が終了し午後5時になると生徒は解放され、各々街へ繰り出したり、自由な時間を満喫している。これが現在のリエニアにおける学生の生活スタイルとなっている。

 現在の季節は10月の秋。17歳のクレイズの所属する高等部2年生は1ヶ月後に修学旅行を控えていた。

 本日は日曜日。クレイズが寮を出て数時間後、学園内の共通施設である大広間で生徒達は組、学年ごとに整列していた。

 白を基調としたスラリとしたコート姿の制服が並び、さらに左胸に三角形の中に城が描かれたロゴが刺繍されている。

 生徒の中には腕のUADバングルに触れ、正方形の三次元モニタを空気中に投影しながらニュースを流している者や、何かの画像を友人と見て談笑している者までいた。

 「ねぇねぇクレイズ、変な噂聞いた?」

 「何よエリス?機械の不調のこと?」

 一つ後ろに整列している、サラサラと長い金髪を真っ直ぐ伸ばした少女―――――エリス・レーヴェンスがクレイズの背中を人差し指で突きつつ話しかける。

 「それもあるんだけどね。学園内に不審人物が侵入したらしいのよ……機械の不調といいこれといい……少し賑やか過ぎない?」

 クレイズはエリスの言葉にやや不信感を覚え、腕を組んで首を傾けて考える素振りを見せたが、

 「うーん……確かにそうだけど、何かあっても学園のセキュリティシステムなら大丈夫よ!警備用魔導兵(オーディネーター)もいろんなとこに設置されてるし……考えすぎよ、考えすぎ!」

 「そうかなぁ……うん、そうね、そういうことにしておく方が良いかもね!」

 「そんな暗い話題よりも、来月のシェリーノークへの修学旅行の話をしましょうよ!自由行動はまず何するか決めたの?」

 シェリーノークとはリエニアでも有数の雪景色で有名な山間部の大型観光地で、毎年この時期は大勢の観光客で賑わっている。

 ウィンタースポーツをはじめ、最新設備を整えたありとあらゆる娯楽を取り入れた美しい冬の街だ。

 「私は……そうね、山の上から一面の雪景色を見たいわね!あの辺りは魔力間欠泉もあるからオーロラが綺麗だし……」

 「へぇ~……なるほどなるほど~!クレイズちゃんは乙女ね~っ」

 クレイズはエリスの言葉に少し頬を膨らませ、拗ねた素振りを見せる。

 「悪かったわね、どうせ私にはロマンチックなことなんか似合いませんよーだ」

 「ごめんごめん、クレイズ、冗談よ。それにもう8年の付き合いなんだから、クレイズの趣味なんか今更驚くことでもないわ」

 「どういう事よ、それぇ……」

 二人の間にいつもの穏やかな雰囲気が流れる。

 「ふふ、怒ったのクレイズ?」

 「こら、エリスーッ」

 これが二人が出逢い、それから築きあげてきた友好関係。クレイズは思う。

 ――――まぁ、もう一人の姉妹みたいな感じね……。

  明日にはクレイズの誕生日も控えており、エリスは勿論、そのことも忘れてはいない。
    
 『ほんと、今年は何をプレゼントして驚かせてあげようかな?去年はアレが入ったビックリ箱だったし……』
    

 5分ほどそんな他愛もないやり取りは続き、やがて教師団が来場するとそれも終わりを迎えた。
  
 生徒たちはまだ少しザワついていたが、壇上に偉丈夫の学長が壇上に登るとそれもすぐに止んだ。

 学長は濃い黒髪と口髭をたくわえ、紳士のごとき雰囲気を醸し出していた。今年で齢47歳となるが、外見はそれよりも幾許か老いて見られることが多かった。

 学長のキングズ・オルブライトが生徒たちを一望し、一度頷いて話し始める。それに続いて小さな楕円形の自動追尾型集音気がキングズの口の前から離れまいと空中を浮遊する。

 「この学園は今年で180周年を迎える。それにあたって――――――――」

 厳粛な学長の挨拶とは裏腹にクレイズは眠そうだった。

 『今日は日曜日なのに、父さんもご苦労なことで……』

 ――――あの日、蒼髪の女性に助け出されたクレイズとエミリアは後から来た警備隊の様な格好をした人達に保護され、その女性の縁で、オルブライト家に養子に迎え入れられた。

 彼女の名はセラ・オルブライト。この学園の学長の一人娘だった。

 当時15歳。最年少で「治安維持局」に身を置いていた彼女と都立レルネシア学園学長であるキングズは9歳のクレイズと7歳のエミリアをオルブライト家に迎え入れ、その後はとても暖かく、優しく、時には厳しく接してくれた。

 セラは父に反対されながらも、15歳で就職したので半義務教育はそこで無くなり、家族で過ごせない時間も多かったが、それでも休日には二人を姉妹のように愛してくれた。

 それから去年までの8年間は平穏で、まるで夢のような、幸福で優しい時間に囲まれた日々だった。

 去年の冬、セラが仕事で事故に遭い、殉職する迄は――――――。

 クレイズは過去の回想からハッと我に返った。

 いつの間にか、学長の挨拶は終わろうとしていた。

 毎年のように創立式典は進んでゆくはずだった。去年と異なっていたのは校長の最後の一言だけ。

 「今朝から学園内の機械類に異常が多く見受けられる。幸い、諸君達の自宅や寮のドアロックなどの比較的簡易なものは問題無く動くようなので、それ以外に何か困った事があったら教職員達に伝えるように。では以上」

 学長のハキハキとした挨拶により年一度の創立記念式典は滞り無く終了した。

 生徒たちは規則正しく整列して大広間立ち去ってゆく。

 本日の午後からはいつもの休日と何ら変わりなく、また翌日からは平常授業が始まるはずだった……。

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