自作小説

【第1部第1章35節】Crisis Chronicles

 「――――――やはり敗れましたか……まぁ、予想通りではありましたが余興としては十分楽しめました……それでは、回収へと向かいましょうか……」

 フィオナは骸骨公の敗北に落胆した様子は無く、事後処理の為に立ち上がり、部屋を後にした。

 雪のように白く、艶やかな長髪を揺らしながら延々と続く暗い廊下を歩く。

 彼女の内に感情の色はなく、ただ淡白に必要な作業を終える為に黙々と足は動いていた。

 数分の後、講堂のような数本の太い柱に支えられた空間に辿り着き、独り言のように呟く。

 「エウリーデ、少し手伝っては貰えませんか……?」

 「―――――――――ナニ、フィオナ?」

 返事は柱の影から直ぐに戻ってきた。

 エウリーデと呼ばれた黒コートは、少し不機嫌そうに、気怠そうに柱から姿を表し、フードを被ったまま、フィオナの正面に立った。

 「少し用事が出来てしまいまして、クルス霊森に飛ばして頂きたいんですけど、いいですか?」

 「――――ソウ、メンドウクサイケド……リョウカイ。」

 エウリーデが手を自分の傍らに向けると、長方形に切り取られた人一人が入れるほどの大きさを持ったガラスのような透明で薄い空間片が現れた。

 「――――先に礼を言っておきます。」

 フードを被り、フィオナその半透明の空間に躊躇いもなく足を踏み入れた。

 その空間片を跨ぐと、薄暗い屋内から朝日が差し、木々に囲まれた自然――――クルス霊森へと移動した。

 続いてエウリーデも無言のまま森へと侵入し、周囲を見渡した。

 数メートル先でフードを被った仲間が地面を浅く掘り返し、薄く埋もれていた赤色の鉱物を拾い上げる。表面状に幾つかの破損箇所が見受けられるが、中枢機構には何ら差し障り無い。

 「――――アァ、ココニアリマシタカ。」

 フィオナが骸骨公の胸部に埋め込んだ赤い宝石は広範囲の霊体を磁力のように吸引、蓄積、濃縮すると同時に霊体をある程度操作する為の代物だった。

 それは内部に立体魔法陣が描かれ、複雑な霊体操作機序を構築している。―――――加えて負担領域の基本構造を乱し、暴走を誘発させる式も。

 先の闘い、数十の従僕を敵に破壊させ、骸骨公の周囲には有り余るほどの霊体が渦巻いていた。通常ならばあの展開から敗退することは有り得無かった――――――通常ならば。

 ――――――――多量の霊体を吹き飛ばす程の力を持った魔法……少し厄介ですね。ですが、最期に霊体の殆どを攻撃でなく霊体壁に変換したのは戴けません。アレを使えば勝てないまでも相打ちくらいは出来たものを……。

 最終局面で自らの保身に奔(はし)る者などは敗けて当然だと、フィオナはその不快感から回想を中断した。必要なデータは取れたのだ、失敗は踏襲し、それを次に活かせば良いと、今回の試験を締め括った。

 彼女の拾ったものを遠目から観察し、一抹の興味を持ったのか、エウリーデは問う。

 「…………ソレ、ナァニ?」

 フィオナは下顎に曲げた人差し指の背を当て、少し考え込む素振りを見せた。

 ――――――――――――。

 数秒の逡巡の後、明るいトーンの返事が返って来る。

 「タダノイシデスヨ……タダノネ。」

 「―――――――ソウ、マァイイケド……アンマリアブナイコト、シナイデネ。」

 エウリーデは何か違和感が残るかのように少し思案していたがフィオナに急かされ、やがてその疑問も消え去った。

 「サァ、ココハスコシヒエマス……ハヤクカエリマショウ?」

 「―――――――リョウカイ。」

 二つの影また、切り取られた空間へと音も無く呑み込まれていった。

 多くの異分子は須らく去り、再びクルス霊森はその全域に平穏を取り戻しつつあった。

◇◇◇◇

 最低限の応急処置を終え、ノルクエッジの元まで辿り着くと、もう太陽は登り切っていた。

 先程までの赤黒い、血塗れた戦闘が嘘であったかのように清々しい風が吹き、目の前には平坦な大地が続いていた。

 「――――――――――これが…………地平線…………綺麗…………」

 目を大きく見開くクレイズの横顔に、ユリアはフッと優しい目を向けた。

 「――――――そうよ、クレイズ。都市の外にはこんなにも、これほどまでに美しい自然が残されている。人間も、こんなにも美しい自然を破壊したくなかったから都市で生活するようになったのかもね……。」

 それ故にクレイズは思案する。何故こんなにも素晴らしいものを護れるいうのに、人間社会にはまだ多くの闇が残されているのかと。何故、悲しみの無い世の中を、創ることが出来ないのかと。

 「この世界の全てが、この景色と同じくらい美しかったら良かったのに―――――――――」

 風が紅色の長い髪を攫(さら)っていった。

 ユリアは駐車されていた二台のノルクエッジを点検した。

 残念な事に、オッヅの車体は生体認証ロックが掛かっており、動かすことは出来なかった。

 放置しても数年後には自壊魔法が発動し、全てが土へと分解される為、その場に残しておくことにした。

 憂鬱そうに地平線を見つめるクレイズにユリアは出発の合図をする。

 「さぁ、帰りましょう―――――――私達の都市へ」

 クレイズはユリアの後ろに跨り、背中からぎゅっと彼女を抱き締めた。

 幾ばくも絶たない内にエンジン音が鳴り響き、ノルクエッジは地平線を駆けた。

 速度も上がり、高速走行システムを起動すると、運転するユリアの正面に半透明の三次元モニタが展開され、走行路上に遮蔽物の探知を確認する。

 数秒で前方数百キロにも及ぶ距離の探知が終了し、ノルクエッジに通された魔力が正面に空間魔法を発現する。

 同時に、ドミノ倒しのように数え切れない数の長方形の転移窓が直線上に並び、ノルクエッジは最初の扉に入った。

 その移動先は二枚目の窓の後方に繋がっており、次は三枚目の窓の前方から四枚目の窓の後方へと転移する。

 転移窓は奇数枚目から偶数枚目までは長距離、その反対は短距離で設置されている為、これにより走行距離は通常の一割程に短縮される。

 「す……凄いわ……景色が跳んでいく……これなら、数時間で都市に戻れそうね!」

 「クレイズ……喋ってると舌噛むわよ!」

 二人は何処までも広がる地平線を駆け、目的地である都市へと急いだ。

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