自作小説

【第1部第1章33節】Crisis Chronicles

 ユリアはクレイズが駆け出すのを、ただ見ているしか無かった。

 魔導式拳銃の残弾数と体内魔力貯蔵量(ストレージ)は完全に底を突き、加えて彼女の右膝には先程の爆発で樹の枝が深々と刺さり、出血していた。最早、立ち上がれる筈もない。

 そこから、やはり生き残っていた骸骨公に向かってクレイズが途轍(とてつ)もない魔法を放ったのを見て、ただ呆然としていた。

 ただの個人に、あれほどの規模を持つ魔法を放つことなど出来はしない。

 マーリンやグレゴリウスⅢ世、ファーディナントなど、過去にいた伝説的な魔法使い達ですら放てないだろう。

 彼女は―――――――、一体何者なのだろうか。

 だが、それは正直なところどうでも良かった。

 クレイズ・ハートレッドは、私の大切な仲間だ。ただ、それだけで良かった。

 互いに守り、護られ―――――そんな存在がこの世界に居てくれることだけで、それはとても幸せなことなのだから。

 途方も無く高威力の閃光が消え去り、辺りに暗闇が舞い戻る。

 クレイズもどうやら全ての力を使い果たし、その場にへたり込んだようだ。

 ユリアはクレイズが戻ってきたら心から最上級の賞賛の言葉を述べようと考えていた。

 ―――――――――しかし、

 「うそ……でしょ…………?」

 ギルドの仇であるあの化け物は、あの光の奔流を喰らってなお、まだ存命していた。

 対して目の前のクレイズは完全に動けない状態だ。

 さらに自身も、遠距離攻撃は不可能。魔法の使用も不可能。立ち上がることさえままならない。

 このままだと、骸骨公はクレイズを殺し、その体内の霊体ですら吸い尽くし、続いて自分も殺される。――――――なんて、なんて情けない結末。

 私が死ぬのはいい、でも……でも、このままじゃ、

 『このままじゃ……クレイズも死んじゃう…………しんじゃうよぉッ!』

 ユリアは、また自分は見ていることしかできないのか、と自分を責める。

 此処まで来て、仲間を、大切な人をまた一人失うのか――――――――そんなのは絶対に嫌だッ!

 だが、今の彼女にはどうすることもできない。

 右手に握った魔導式拳銃も骸骨公に向けて投げたが、それは数メートルしか飛ばず、届くことは叶わなかった。

 自分の情けなさに、目の端から大粒の涙が溢れる。

 『いやだ……もう、大切な人が目の前で死ぬのはいやだよぉッ!…………わたしはどうなってもいいからッ!……だから、だからせめて…………』

 彼女が下唇を噛み、血を流しながら願う祈りも、闇(くら)い空へは届かない。

 一歩、また一歩と骸骨公は無慈悲にもクレイズへと躙(にじ)り寄る。

 『もう……だめ、なの?……こんなの、ひどすぎる…………』

 心底の裏側から後悔や苦悩、負の感情が這い登り、少女の心を薄暗い雲が包み込む。

 ユリアは絶望の淵へ立たされ、全てを諦め――――――――

 『―――――――――なぁ、もう本当に全部諦めちゃうのか?…………姉さん』

 ―――――――――ッ!?

 ユリアは微かに聴こえた声を頼りに辺りを見回した。

 しかし、何度目を凝らそうと周囲には誰も見受けられなかった。

 何かを見つけようとしても、彼女の周りは黒々とした闇一色に覆われている。

 『諦めたらそこで終わりですよ、さぁ、もう一息です』

 今度こそ本物だ。確実に、自らの耳に彼女の声が届いた。ルーチェの声は優しく、ユリアの背中を押した。

 煌めく透明の液体が双眸から川のように流れ落ちる。

 「ルーチェ!みんな!?どこなの!?どこにいるの!?」

 ユリアは微かな希望を求め、暗き虚空へと精一杯に叫んだ。

 『……ったく、それでも俺達のリーダーかよ』

 『『ユリア、頑張って私達の仇を撃ってよ!』』

 『おいおい、リサ、ドリス!あんま急かすんじゃねぇって!』

 『リーダー、貴女ならできますよ。なんたって、俺達のリーダーなんですからね!』

 『ユリ姉ぇ、これで最後……私達が力を貸すよん!だから、もうちょっと頑張って?』

 『ニーナめ、簡単に言いやがって……』

 曇天の隙間から垣間見えた一片の希望。それが目の前の大きな絶望と焦燥感とが相まって混濁し、錯綜する。

 「でも、私にはなんにも残ってないんだよッ!?」

 故にユリアは、どこに居るとも定まらない朋友に向かって問を投げた。

 それは彼女の胸の内に根を張る途方も無い悲嘆だ。これが解決しないことには、事態は一向に解決の兆しを見せない。

 魔力も武器も生きる気力も、全てを失い、だからこそこれ程迄に自分の無力を嘆いていた。

 それが暗雲となってユリアの周囲に立ち込め、取り巻き、絡み付き、彼女を闇の淵へと手繰り寄せる。

 『じゃあさ……あなたの後ろにある私の銃を使ったらどう?もう、誰も使わないだろうし……選別にあげるわよ?あ、そうそう、弾は一発しか残ってないから―――――ちゃんと、当てなさいよね……』

 一葉の声が鮮明にユリアの耳に到達し、鼓膜を振動させ、彼女を奮い立たせた。

 今まで自分以外の誰にも触らせたことの無かった、一葉の狙撃銃。―――――――その理由を知る術は最早は無い。だが彼女がその愛銃と共にユリアに何を託したのか、その心中を理解することは容易だった。

 ただ一度頷き、銀髪の少女は希望を胸に、勇気を胸に―――――――目の前の困難に立ち向かう覚悟を決めた。

 「みんな…………うん、…………ありがと……………」

 何故こうも簡単に、仲間達は心の闇を取り払ってくれるのか。

 一縷(いちる)の絶望を内包させ投げた問は、一縷の希望を内包した答によっていとも簡単に打ち抜かれた。

 今まで、自分が一体どれだけの人達に支えられてきたのか、助けられてきたのか。

 数え切れない程の救済を受けた、数え切れない程の幸せを貰った――――――――今度は、私がみんなに贈るから――――――――。

 ユリアの心から一切の陰りが取り除かれ、残された温かい想いは、猛る心臓の鼓動と共に全身へと送り出された。

 『全く、恥ずかしい姉さんだな……礼ならアイツを倒してから言えよ…………』

 ユリアはスフィルの声に頷き、後方に配置された一葉のスナイパーライフル――――――マクシミリアンD88を拾い、伏せたままマガジンの残弾も確認せずスコープで標的を狙った。

 黒色の硬質な引き金に指を添え、慎重に標準を合わせる。

 既に骸骨公とクレイズとの距離は残り2歩程度のところまで狭まっている。

 ユリアの集中力は事此処に至り、目の前の仲間を救う為に極点を迎えていた。

 『いいか、姉さん。俺達が一瞬だけ骸骨公の動きを止める。だから姉さんは俺達が奴の霊体障壁に取り込まれる前に必ず仕留めろよな。』

 「―――――――分かったわ。」

 『じゃあ……俺も行くから、な……』

 「―――――スフィル、ちょっと待って」

 『なんだよ、もう時間ないん――――――』

 「――――――――――――愛してるわ。スフィルは私の、自慢の弟よ。」

 『フ……ふん……姉さんも、これから頑張っていけよ…………それじゃあッ……!』

 スフィルの声は、最後の言葉を言い終える前に涙声になっていた。

 勇気は貰った。希望は補填された。掻き消えそうだった望みは厚みを増した。気力は回復した。夜天に捧げた祈りは叶った。―――――――後は長かった闘いに終止符を打つ、その瞬間を待つだけだ。

 クレイズの直前まで骸骨公は迫っていた。骸骨公はその尖った右腕を持ち上げた。

 それは無慈悲にも少女の心臓へと振り下げられる―――――――――

 『『―――――――――――今だッ!、ユリアッ!!』』

 その言葉を皮切りに、十名の英霊が骸骨公に掴み掛かり、刺突は一瞬停止し、ユリアはギリリと奥歯を噛み、引き金は引き絞られ、一発の銀色のフルメタルジャケットが銃身から撃ち出された。

 ユリアにも『GunSlinger-ガンスリンガー-』の仲間達がクレイズを突き刺そうとした右腕のみならず、骸骨公の全身にしがみ付いていた――――――ように見えた。

 魔力による反動緩衝効果は無く、強烈な反動がユリアを襲った。

 ―――――――――――お願いッ!当たって!

 銃弾は銀色の軌跡を描きながら、螺旋状の衝撃波を引き起こして空気中を突き進んだ。

 その行く手を妨ぎ得る者は無く、幾人もの祈りで紡がれた1つの奇跡はただ、彼らの願いを叶える為のみに存在した。

 幾許もなく、それは骸骨公の額の中心へと吸い込まれ―――――――――――底深い孔穴を穿った。

 「グ、グオオオ……オオ…………」

 骸骨公は膝を付き、前のめり倒れ、少女に衝突する前に、全ては霊体霧へと昇華していった―――――――――――――

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