自作小説

【第1部第1章31節】Crisis Chronicles

 この霊森での長時間に及ぶ戦闘も、大詰めを迎えようとしていた。

 骸骨兵の駒も軒並みその数を減らし、対する少女達は体力と精神力に加え魔力を著しく困窮させていた。

 しかし、それでもまだ互いに、互いを殺し切り得るだけの策をその最奥に秘匿している。

 だが、未だ双方はソレを行使してはいない。否、それを行えないでいた。

 何故なら、使い時を見誤れば即、自身の敗北へと繋がることを承知しているからだ。

 両者は睨み合いの最中、必中の瞬間、ただ一瞬の隙を伺う。

 骸骨公の周辺を旋回するようにジリジリと陣形を構築、変化させてゆく骸骨兵。形成と散開を繰り返す隊列は攻撃陣形とも防御陣形とも見て取れた。

 その慌しく動く様はまるで兵隊蟻の様で在り、魚の群れの様でも在った。その宙心に君臨する骸骨公は落ち着き払い、事の成り行きを傍観している状態が続いている。

 膠着状態の最中、築かれた陣形は此れまで5回を数えた。数秒が経過し、次の陣形形成で6回に上ろうとした時―――――

 それを待たず、先に沈黙を破ったのはユリアだった。

 ユリアは地面を蹴り、砂を巻き上げ、続けてクレイズも加速し正面の骸骨公へと駆けた。
   
 骸骨公は周辺の人骨兵を下がらせ、二人の襲撃を一手に負う骸骨公は大鎌を現出させる。

 風を切って突き進むユリアは手中の魔導式拳銃に魔力を込め、魔弾を衝撃波と共に撃ち出した。

 「魔弾装填―――――――溶解弾(メルティ・バレッド――――――リロード)」

 対極属性である五大元素の「水」「火」を混合させたその魔弾は鈍い音を立てながら骸骨公の足元に溶解液の沼を穿った。

 狂化された思考本能により、即座に上方へ跳躍する骸骨公。そのまま水平に大鎌を構え、回転運動を加えユリアに投擲した。

 鋭い音を立てながら飛来する大鎌。加えてその凶器には追尾機能が付加されている。

 高質量、高速度、高運動量、高殺傷力。

 その投擲軌道が骸骨公の制御下に在る以上、これを回避する事は不可能。

 あたかもゼリーを切断するかのように、か弱い少女の肉体など、真っ二つに分断される。

 凄まじい初動を伴い射出されたそれは、回避行動を採り凍結弾で地面に簡易氷壁を三重形成するユリアに残り3秒というところまで迫っていた。

 ―――――――――仲間を死地から救い上げるために、紅髪の少女は逸早く地面を蹴っていた。

 十数時間前に自分が経験した後悔、絶望、不甲斐なさ。

 最愛の妹であるエミリアが連れ去られた際、自分がこの両手両足を限界まで伸ばしても―――――――――彼女を絶望の淵から救い上げることは叶わなかった。

 あんな惨めな思いはもうしたくないと、あんな後悔だけはもうしたくないと――――――クレイズは再び、己の心中に激昂の炎を灯す。

 クレイズは振動剣(ヴィブロブレード)を右手に堅く握り締め、眼下の地面を蹴り飛ばし、先行するユリアを即座に追い越し骸骨公へと迫った。

 「ユリアは―――――――――やらせないッ!」

 ―――――――――――もう、絶対に失敗なんてしないからッ!ユリア、貴女を殺させやしない――――――――――――

 対する骸骨公は外套の背部から突き出した6本の鎖でクレイズを叩き落とそうと刺突し、縦に薙ぎ、捻れ狂わせる。

 跳躍とは、何かに運動量を与えられなければ一定方向へしか進めない直進運動だ。

 故にその直線上に攻撃を配置されれば、接触は必至。加えてその数は6本。網のようにクレイズの逃げ場――――行く先の選択範囲を格段に縮小させていた。

 ――――――だが、幾ら行動範囲を狭められようと関係無い。クレイズの向かう先はたった一つ。跳躍した瞬間からそれは決まり切っていた。

 少女は目の前の凶器へと正面から立ち向かい、腹部に迫った刃物を身を捻り回避し、数瞬の内にクレイズは顔面に迫った鎖の二本を側面から断ち切り、敵の懐に潜り込んだ―――――――。

 『殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテヨォォォォッォォォォォォォォォォォォォォッ!』

 途端に、脳内に悲鳴の様な雑音が響き渡った。

 体中を錆びた釘で刺されるような感覚に、クレイズの表情に苦渋の色が浮かぶ。

 『―――――――な……何……ッ!?』

 それは苦しみに藻掻く死者の残留思念だった。この霊森に取り込まれ、骸骨公の霊体障壁へと変換された霊体は須らくその自由度を奪われ、雁字搦めに拘束される。

 魔力、電力、風力、火力……このリエニアでは数多くの力が利用され、人々の生活に還元されているが、霊体が霊力として利用されず今に至っている主な原因がこれであった。

 他のエネルギーには存在せず、唯一霊体のみに宿る要素――――――――意志、感情、念。

 霊体とは、その全てが嘗(かつ)て生きていたモノが死ぬ直前に放出するエネルギー体である。そして負担領域に補足されることがなければ、それは大気中に全エネルギーを無為に放出させて消滅する。

 加えて霊体は生前の意志を少なからず保ち、感情を持つ。

 故に、死者の顔に泥を塗ろうという不心得の者以外はソレを利用してやろうなどとは考えない。今まで霊体の研究、利用形態が発展しなかったのは一重にこれが理由だった。

 つまりクレイズは現在、数十、或いは数百の感情にその脳髄を蹂躙されている状態だ。

 霊体障壁に飛び込んだクレイズの肉体へさえも躊躇なく侵入しようとする霊体。

 全身の皮の内側に砂を流し込まれているような感覚に襲われ、一瞬で意識が跳びそうになるが、ユリアを救ける為に、ここは絶対に敗けてはならない。

 『ま……負けてたまる、か……ッ!』

 クレイズは両手で掴む振動剣を一閃させた。

 ――――――――――ギチ、ギチ、ギチ、ギチ

 しかし、捻れ狂う3本の鎖に阻まれ、次いで剣を絡め捕られる。

 通常であれば振動剣の切れ味でこの様な鍔迫り合いなどは起こる筈もない。

 だが、彼女の持つ振動剣には霊体が纏わり憑き、その機能を著しく破綻させていた。

 残った一本の鎖がうねり、クレイズを背部から狙う。横目でそれを見やり、彼女は選択を迫られた。

 『―――――――クッ……剣を諦めるしか、無い……』

 クレイズは剣を手離し、骸骨公の肩を掴んで登り、骸骨公の頭頂部を踏みつけ、更に上空へと跳躍して霊体障壁から脱出した。

 近距離戦闘で集中力を欠いた骸骨公は大鎌の操作を誤り、ユリアを狙った凶器は氷壁に弾かれ見当違いの方向へと飛び去る。

 頭頂部を踏まれ、下方への運動量を与えられた骸骨公は眼下の沼地へと落下する。

 次いで盛大な音を立てて弾け飛ぶ溶解液の飛沫。衝撃でユリアの傍らへと旋回しながら落下し、地面へと垂直に刺さる振動剣。

 ――――――――――助かったわ、クレイズッ!

 「魔弾装填―――――――凍結弾(フリーズ・バレッド――――――リロード)」

 魔導式拳銃から二発、蒼の魔弾が弾き出され、溶解液の沼から熱量を奪い、一瞬で凍結させ、ガラスの割れるような音と共に骸骨公の動きを封じた。

 現在、骸骨公の霊体障壁は沼から脱出する為にその大半を鎖の強化に使用され、障壁は薄くなっている。故に防御能力の低下している今なら、その首を断てる筈だった。

 この機を逃すまいと、ユリアは左手で地面から剣を引き抜き、魔力供給を行い、骸骨公へと迫り、振るった。

 ――――――――ガキンッ!

 「―――――――なっ!?」

 それは振動剣が弾かれた音だった。骸骨公は眼前の霊体を曲面を持つ狭い薄壁に変化させていた。

 どれだけ切断能力を備える剣でも、油を塗られ球状に研磨された石は断つことが出来ないのと同じように。

 ――――――――聴覚と視覚に頼らず……攻撃箇所を正確に捉えた……ッ!?―――――――なるほど……そういうことだったのね。

 骸骨公は鎖を8本もの鎖を外套の内側から生成しユリアを牽制した後、鞭のように撓らせ、凍結沼から脱出し、二人から距離を取った。

 「グオオオオオオォォォォォォォ!」

 余興は十分楽しんだとでも言うように、周囲に10体の人骨兵を呼び寄せる骸骨公。   

 ユリアはクレイズに振動剣を渡し、手中に小規模の二次元魔法陣を瞬時に展開した。

 『――――――――クレイズ……聞こえる?』

 『ユリア……これは……念話?』

 念話とは使用者の魔力で魔力糸を紡ぎ、対象の脳にリンクさせることで思考を共有する魔法。

 都市内でテロの発生しない現在では殆ど用いられないが、都市の治安維持部隊が高層ビルに立て籠もった無能力者組織に突入する際に汎用される軍用魔法に分類されている。

 この魔法は情報の大量伝達を可能とし、隠密行動の際に非常に有効だが、魔力糸の生成は精密魔法陣の維持に相当な集中力が伴い、加えて長距離まで伸ばせない欠点から専門職以外で多用する者も数少なかった。

 ユリアは正面の骸骨公を睨みながら続けた。

 『そうよ……敵がどんな方法で私達の作戦を読んでくるから分からないから……一応ね……。』

 『何か、作戦があるの?』

 『ええ……今まで気付かなかったけど、アイツ……何で私達の行動が見えてるか分かる?眼球なんて無い、骨だけの体で……』

 思考の盲点を突かれ、クレイズが目を見開く。

 『……そうね。今まではそれが普通だと思ってたけど、確かに怪しいわ……』

 『私の予想だけど、アイツはきっと霊体と魔力を感じてるんだと思う。だって、霊体だけなら私達の中にも在るんだし、敵味方の判断が付かないでしょ?つまり私の予想はこうよ……骸骨公は魔力に包まれた霊体を敵だと判断して攻撃してる。だからこうすれば――――――』

 大量の会話情報の伝達は電気信号の往来により魔力糸を通して数秒間で完了した。

 『――――――――分かったわ。やってみる』

 念話を断ち、互いに頷き合うユリアとクレイズ。

 二人の瞳の奥には勝利と希望。加えて焦燥感。その3つが入り乱れていた。

 『『―――――――もし、これが敵わなかったら私たちは敗けるかも知れない……それでも今は、全力を尽くすしか無いッ!』』

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