―――――――現在、この世界を取り巻いている現状。
4S-Systemによる意識干渉、セレシーダ・オクトプラントが開発中の「永久魔力機関」を始めとする三つの革新技術、暗躍する黒コート達とそれに追従する数々の異変…………
その関係性を識る者は、このリエニアに於いてほんの一握り。
中枢に深く関わる自分ですら、その詳細は知らされていない。だが、訊く必要性も未だ己の中に見出だせなかった。
失いかけている家族を取り戻せるならば、また楽しかったあの日々を取り戻せるのならば、大切な者達といつまでも同じ夢を見続けられるのならば、その道程で現れては消えてゆく有象無象などに興味は無い。
黒コートの一人―――――シルヴィアは自室にて束の間の休息に浸っていた。
肩に少し触れる程度まで伸ばされた黒い髪は流麗でいて高質な艶を保ち、室内の光を受けて綺羅びやかに映える様は、彼女を視界に捉える者に傾国の令嬢を想わせる。
一昔前までは背中の中半までの長さが在ったが、今ではもう、あの時の半分ほどしか無い。「あの日」を境に私の中で少女としての時間は終わりを告げた。そう自分で決め付けて、けじめを付けるために早々に切ってしまった。
私の髪を好きだと言ってくれたあの人の悲しげな顔を思い浮かべると心の芯がチクリと傷んだが、少しの躊躇(ためら)いの後、ひと思いに切り去った。
シルヴィアはソファに腰を落ち着けながら、ハーブティの汲まれた白いカップをテーブル上の食器へと音も無く戻した。滔々と立ち上る湯気が天井へと昇り、やがては何処かへと霧散してゆく。
現在リエニアに起きている事象に興味は無いが、自分の中に在る情報を少しばかり整理すれば、答えは容易に得られた。
この時期にエミリア・ハートレッドを強引にでも彼女の下から連れ出した理由、永久魔力機関が齎(もたら)すであろうリエニアの「バランシス」濃度の急上昇―――――――そして、彼の内に秘めた目的。
何の事はない。私も同じ状況へ陥れば、きっと同じことをするだろう。多分……例え何を犠牲にしようとも…………。
存外簡単に答えに至ってしまった後、シルヴィアは再びハーブティを一口含み、いつもより深くソファへと体重を傾けると、目を閉じて懐かしい日々を懐古し始めた。
それは先日、父に言われた一言がきっかけだった。
――――――――だが、その過程でお前達の心が傷ついてしまうかも知れない……人を傷つけることによって―――――――………
まだ家族が私と父、二人だけだった頃……あの時のことを、まだあの人は覚えているのだろうか……私は、今でも…………
シルヴィアはいつの間にか、己の内に生じ始めた微睡みへと、徐々にその身を投じていった。