自作小説

【第1部第2章5節】Crisis Chronicles

 都市内を闊歩する二人は雑踏の喧騒とは裏腹に冷ややかな雰囲気を醸し出していた。

 先刻、クラッドビルで交換条件の詳細を訊いてから一抹の不安が脳裏にこびり付いていた。

 交換条件として提示された依頼内容は、都市外の目標地点に或る機材を設置すると言う至極シンプルな内容だった。

 だが、不可解な点が一つ。――――――支給される品々の異常なまでの火力。

 普段ならこの程度の依頼内容ならば殆ど支給は受けられないとユリアは呟いていたが、実際には試作型魔法銃3丁、体部強化型耐傷害魔法コート3着、振動剣4本、治癒促進カプセル1ケース……等の計16点にまで及んだ。

 クラッドビルのフロントに問い合わせるもこれ以上の詳細情報はまだ開示できないとの事だった。だが明らかに機材の設置地点まで幾重にも罠が張り巡らされ、相応の危険が伴うことは明瞭だ。

 故に現在、クレイズとユリアは暗澹(あんたん)たる面持ちで並びながら淡々と人混みの中を歩いていた。

 行き交う人々は二人に気を留めること無く擦れ違い、規則正しく建造された透明な導電性強化パネル壁の高層ビル群の内部へと入ってゆく。

 その成り行きを無感情に眺めていた銀髪の少女はふと、独り言のような呟きを聴き取った。

 「最終確認まではまだ結構時間あるわね……」

 次いでユリアはクレイズの全身を下から上へと訝(いぶか)しむように眺めては溜息を吐いた。

 「な、なによ……?」

 「いや……そう言えば度重なる闘いで、私達の服ももうボロボロだと思って……」

 クレイズは驚き半分の呆れ顔をつくり自分の服装を改めて見直し、次いでユリアの格好も改めて確認した。
   
 「言われてみれば確かに……これじゃさすがに防御面にしても衛生的にしても戦闘向きとは言えないわね……」

 「じゃあ、一度私達の部屋に帰りましょうか……」

 二人は揃って清掃されて間も無い歩道を踏み締め。向かった先は徒歩15分程を要するビル群の一角。その一室に、今回の骸骨公討伐任務に彼女のギルドに充てがわれた休憩室が在るという。

 何の感慨もなく目的地へ到着すると、フィンガムの所有施設であるギルド専用のホテルは表看板さえも設置してはいなかった。

 内部へと入り、褐色の絨毯が敷かれたエレベータに乗り、最上階へと向かう二人。その間には軽々しい雰囲気も、軽い会話のやり取りも行き交うことはなかった。それは仕方が無かった。クレイズの最愛の妹を取り戻すまでは、何もまだ終わってはいないのだから。   

 ―――――その情報を得たのは、四半刻ほど前に遡る。

 クラッドビルのフロントで提示された「交換条件」に関する情報提供を待っていた折に充てがわれた待合室で、クレイズはユリアへ自らの情報を開示した。

 何故自分があの森へと辿り着いたのか、どんな目的を持っているのか、それには何をしなければならないのか……。結局「あの魔法」のことについては主題に上ることはなかったが、それはまたいつの日か知ることと為るだろう。

 彼女の口から語られた話の中で最も気になったのは矢張り、彼女の妹―――――エミリア・ハートレットが黒装束の何者かに攫(さら)われたということだった。

 エミリアの行方を探すためにクレイズはギルド統括機関を尋ねたのだと知り、彼女より少しはこの場で顔が効く自分が機関への応対を代行した。―――――だが、結果は散々だった。殆ど役には立てなかったと思う。

 彼等は既に知っていたようだが、初めからフィンガムにギルドの大半が失われたことを話す予定はなかった。何故ならば、それを知られる事によってエミリアを捜索するために奮える自分の権限が縮小することを恐れたからだ。

 結果としてそれに関することは訊かれず、ライセンスの失効処分も杞憂に終わったわけだが、どうやら彼等は当然の事のようにライセンスカード内部に忍ばせているであろう生体識別チップの類でギルド員の生存状況を把握しているらしい。

 ……まぁ、当然といえば当然の措置なんだろうけど…………

 エミリアを救出し、残る憂いを晴らした後にでも、全てをギルド統括機関であるフィンガムに伝える予定だ。そして仲間達を正式に埋葬し、自分一人きりになったギルドも解散させる。

 ――――――――それまではまだ、お墓参り出来そうにないわ……ごめんね、みんな……でも、許してくれるよね……?

 そう胸の内に呟き、二人を乗せた昇降機は最上階へと到着した。扉の両サイドが開かれ視界に飛び込んだ光景はまず、この第三都市を縮小模型化したような精錬され磨き抜かれた絶景だった。

 数え切れない程多くのビル群が犇(ひし)めき、相互に絡み合い、互いを補完するように共存していた。加えて都市の各所に必ず緑の恩恵も絶たれてはおらず、大規模な人口湖畔の一部も遠方に見受けることが出来た。

 都市に生活圏を移し、早十年近くが経とうとしているクレイズの瞳にも、それは未来的に映し出された。澄み渡った風が二人の長髪を凪ぎ、一時的にでもこの場の少女の心中をカタルシスで洗い流す。

 「クレイズ、なぁに突っ立ってるのよ!そんな穴の空いた格好じゃ、風邪引わよ?着替えてからでも見れるから、それから飽きるほど見ればいいじゃない?ね?」

 ユリアの呼び掛けにより、荘厳な風景へと心を奪われていたクレイズは、冷えた自らの体部を両腕に抱き、声の主へと再び歩き始めた。

 ―――――――いつか、この光景をまた見よう……今度は大切な人達と、みんなで…………

-自作小説