自作小説

【第1部第2章29節】Crisis Chronicles

 『これは―――まずい―――ッ!』

 飛びかかる生物達を切り払いながら、ユリアを強引に引き摺り、付近に点在する大岩の裏へと移動させる。

 直後、周辺の地面が一斉に飛沫をあげて大仰に飛び散った。まるで絨毯爆撃を受けたかのように、小規模のクレーターが幾つも穿たれ、稲妻のようなけたたましいスパークが絶縁破壊を引き起こし、周辺の空間を乱雑に引き裂いていく。

 「きゃあああっ!」

 クレイズは耳をふさいで地面に伏せ、何とか雷撃と銃弾を回避した。

 度重なる高電圧により周辺の酸素からオゾンが生成され、特有の青臭い異臭が鼻腔の奥底まで侵食してくる。

 その後も稲妻は立て続けに鳴り響き、周辺に群がっていた生物達は巻き込まれないよう、一定間隔を空けて待機していた。

 ようやく遠雷にも似た銃撃が鳴りやむと、一時的な膠着状態が生まれた。

 クレイズは遠方の様子を確認しようと、僅かに岩場の影から頭を出そうとする。

 ―――だが、それさえも許さないと言うように、察知した狙撃手が雷撃弾を打ち出し、クレイズの頭部付近の岩に直撃させた。砕け散った岩の一部が弾け飛び、少女の頬を強かに殴りつける。

 「痛っ、つぅう……」

 こんな状態では、相手の様子さえ見て取ることは困難―――次の一手はどうすればいいか……?

 クレイズが必死に頭を巡らせていると、ようやく、ユリアにも回復の兆しが見え始める。

 「…………これは、電撃弾(サンダーバレット)……ね……」

 ようやく言語機能を回復させたユリアが力を振り絞って呟く。まだ思考能力を十分に取り戻せていなかったが、無理矢理にでも何らかの対策を思いつくか、少なくとも現状把握することが急務だった。

 「クレイズ…一旦安全に隠れる場所を探しましょう……射手の方向はおよそつかめた……?」

 「えぇ、もちろん。」

 ユリアはアーカイブスに接続し、周辺の地理情報を検索した。付近には大きな岩石や断層が複数と、洞窟の入り口が1つ存在していた。

 地図をUADバングルで空中に展開し、クレイズに指し示す。

 実際、幸いにも狙撃手とは逆方向―――ー50メートルほど先に、岩が重なり合って形成されただけの洞窟の入り口見える。

 晶化降水の影響か、かなり劣化が進んでおり、不安定にも簡単な衝撃で崩れ落ちてしまいそうだった。

 クレイズがユリアに向かってゆっくりと頷いた。あの洞窟の入り口まで辿り着く。状況を打破するためには、それ以外の選択肢はなかった。

 ―――しかし、それまでこの状況がもつかどうか、それすらも賭けだった。

 「じゃあ、いくわよ……」

 クレイズが痺れの残るユリアの肢体を支え、少しずつ大岩や断層を盾にしながら移動を始めた。

 それに呼応するように、敵側も銃撃を開始する。稲妻を伴った銃弾により、周辺の地盤が容赦なくめくり上げられてゆく。少しでも物陰から射線上に出ようものなら、躰を撃ち抜かれることは自明の理だった。

 自身の肉体だけでなく、ユリアの身体の位置にも十分に注意を払い、半ば地面を這うようにして、泥に塗れながら慎重に移動してゆく。

 少しずつ少しずつ、だが着実に洞窟の入り口に近付いてゆく。

 可能な限り射手と自分達との間に障害物を挟んで移動するよう心掛けてはいるが、鼓膜の側近に弾丸が掠めるような音がヒュンヒュンと撃ち込まれていく。

 脳裏に若干の違和感が駆け抜けていったが、今は移動することにだけで精一杯だった。周辺で鳴り続ける雷鳴により、鼓膜は平時の機能を失い、巻き散らされる土埃と土壌の匂いによって視覚や嗅覚が封じられる。

 一帯を埋め尽くす幾重にも重なり合った空気振動は、三半規管を狂わせ、同時に平衡感覚野をも汚染する。視界が不規則に揺れ動くかのような感覚に苛まれ、軽微な悪心(おしん)が誘発され始める。

 肌感化すらも最早機能しない。五感の内、4つは既に機能不全にまで追い込まれていた。

 種々の不快感が、飛び散る泥と共に足裏から這い上がり、津波のように押し寄せる疲労感は思考能力すらも容赦なく奪っていく。

 これを偶然でなく、故意にやっていたとすれば、驚くほど周到な作戦を練ったと言える。最早状況を打破するための有効な魔法を行使することすら、今の二人には困難を極めた。

 今はただ、凶弾の雨を掻い潜り、唯一の光明である洞窟の入り口へと到達しなければならない。

 クレイズとユリアは互いに自重を預けるように、一歩一歩前進していった。

 亀の歩行のようにゆっくりとだが、大岩から別の大岩の影へと、必死で隠れ潜みながら目的地へと近付いてゆく。

 頭が朦朧としていたため、途中で一度だけ、最適解とは言えない大岩に近付こうとした瞬間があった。

 想定ルートから外れてしまうが、その場にある大岩は強固であり、身を預けたり、気を変えて別方向に行くには最適な場所だった。

 だが、その岩に近付こうとした瞬間、今まで狙撃手達がいたと思われていた方角とは全く別の方向から、突如として凶弾が放たれた。

 その銃撃には雷撃弾ではなく振動弾が使用され、到達した地面は大仰に爆散し、中規模のクレーターを穿った。

 ―――まるで、『その先に行くな』と言われているかのように、あと一歩でも進めば確実に撃ち抜かれるような銃弾の射線だった。

 クレイズはその衝撃により、本来のルートを再認識し―――そしてようやく、洞窟の入り口に達するに至った。

 だが息つく暇もなく、先ほど振動弾が撃ち込まれた方角から、黒い球体が投げ込まれ、ユリアの直下の地面へと転がった。

 『エレメント・グレネーダッ!?』

 二人は目を見開くと同時、思考する間も無く、反射的に洞窟の内部へと飛び込んだ。

 ―――他に、選択肢などなかった。

 岩場の影へと転がり、直後に強烈な熱風と爆圧が二人を襲う。

 周辺の岩壁は敢えなくその強度を奪われ、けたたましい音を発しながら雪崩のように天井から崩れ落ちた。

 もはや何が起きたかを正確に把握することは不可能だった。ユリアとクレイズは互いを抱きかかえるようにして、倒壊に巻き込まれない寸前の位置まで、転がるようにして移動した。

 一頻り洞窟の崩壊から身を守り、脅威が遠ざかったことを確認すると、クレイズは入り口の在った方向を見て、一人呟いた。

 「ユリア……ごめん……完全にしてやられた……」

 当然のように、崩れ落ちた土砂で洞窟の入り口はふさがれていた。もはや後戻りすることは出来ない。

 途中の振動弾による銃撃やエレメント・グレネーダによる強襲なども含め……恐らくは全て、二人をこの場に誘導するための伏線だったのだろう。

 今思えば、初撃とは別の位置に予め狙撃手を配置していたのであれば、二人を仕留めることなど容易であったはずだ。

 ただ仕留めるのではなく、この洞窟に誘導することこそが本来の目的なのだろう。

 今さら後悔してももう遅かった。手遅れと言っても過言ではない。

 無理やり魔法で突破口をこじ開けることもできるが、崩壊した入り口の先には、複数の狙撃手と幾多の汚染された生物群が跋扈(ばっこ)していることに変わりはない。

 既に選択肢は一つしか残されていなかった。この洞窟の奥へと進み、ラクリマの丘へと向かう。

 雷撃弾から回復したユリアの表情にも、一切の余裕の色は見られなかった。

 「えぇ……そう、ね……私達はこの先に進むしかない。例え罠だと分かっていても……」

 二人は底知れぬ闇を抱えた洞窟の腹の奥深くへと、足元も覚束ない地面を踏み締めながら進んでいった―――。

-自作小説