『―――――彼等をどうか……どうか、救っては貰えませんか――――…………』
その願いを聴いてから、ユリアの中で「あの時」の情景が何度も繰り返し反芻され続けていた。
愛するガンスリンガーの仲間たちを奪い去った、痛ましい事件、惨劇とさえ呼べる悲劇。
結末としては、傍らにいる少女―――クレイズ・ハートレッドに死に体だったこの身を救われ、旅立つ友の背に、折れかけた信念を支えられ ―――私は今、ここに立つことが出来ている。
溢れんばかりの感謝の念を彼らへと向けると同時、返す刃でユリアの胸中には絶えなく無力感が吹き溜まる。
自分は与えられるばかりで、誰かに与えることが出来ていないといった自己否定感や、何かに追い立てられているような焦燥感が粉雪のように静かに降り積もってゆく。
―――だから、これは自分に与えられた贖いの機会だと―――そう思った。
絶望的な状況に追い込まれたSealds(シールズ)の面々を窮地から救うことで、失ってしまった自分自身への信頼や尊厳を回復させることが出来るかもしれない―――と。
今回の依頼―――その背後には想像を絶するほど、深い悪性を内包した策謀や複雑な思念が渦巻いているだろう。道中でソレらの妨害に遭い、足元をすくわれることは十分考えられる。
だが、解決困難にすら思える難題を乗り越えた先にこそ、得られるものも大きくなる。
それ故に、作戦内容のみならず依頼人に対する不信感さえ胸に抱きながら、それでも私は、この依頼を完遂しなければならない。
――ーでも、そうなると、私は自分の為に誰かを助けようとしてる……?自己満足のために?誰かに起こった悲劇を利用して、自分を救うために……?
無慈悲な現実に打ちひしがれ、絶望に打ち震えている者が目の前にいるのなら、その人を見捨てることはできない。
どれほど困難な状況だとしても、そこから活路を見出し、死の淵へ立たされた人々を救い、笑顔や希望を取り戻してあげたい。
―――その想いに、偽りなどない。
だがしかし、若干17歳の少女の心中には、未だに完全な「善性」への理想や憧れが在った。
―――誰かを救おうとする心の中には、一片の利己的な思案さえも混ざってはならない……と。
何故なら、今まで自分を助けてくれた人々の面影からは、そのような雑念を感じることはなかったから。
誰かの不幸を、自分が幸福を得るための踏み台するなんて―――そんなことは、赦されない。
自身の行動理念に僅かなノイズが奔(はし)る。
必ず、助けてみせる―――その想いばかりが先行していき、希望や期待といった、本来ならば歓迎されるべき幾多の「善」が義務感として心に重くのしかかっていた。
まるで蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のように、ユリアの総身は幾重にも交錯した想いによって、雁字搦めにされつつあった。
例え相手が強大であろうとも、自身がどれほど不利な立場に立たされようとも―――それは逃げるため口実にはならない。
自分への不義理を一度行ってしまうと、そこから先の未来、それはいつまでも自身の心を蝕み続けることになる。
彼らを絶望の淵から救い出すことが出来れば、きっと私は、ここから先、前を向いて未来へと進むことが出来るだろう。
そんな心もとない不確かな信念を根底に抱え、身体と精神はその軋轢により軋(きし)む悲鳴を上げながら、ユリアはさらにゲヘナ晶原の奥底へと進んでいった。