清澄な夜空に、満天の星空が燦然(さんぜん)と煌めいていた。
第三都市の街並みの所々には金色のベルやイルミネーションの飾り付けが施されており、まだ11月だというのに、年末年始を迎える用意が少しずつ始まっていた。
眼下には導電性強化パネルが月光を照り返しており、空を見上げるとイルカのような立体広告が星の海を悠々と渡り泳いでいるのが見て取れる。
そんな楽しげな雰囲気に当てられ、白コートを着込んだ一人の女性がブーツの踵を鳴らしながら、少し古ぼけたレストランの前で立ち止まった。
「――――――ふぅ。ここね?ウィルの言ってた場所は……全く……まだ残っていたのね……」
そう独り言(ご)ちて、女性は何の躊躇もなくガラスドアを引いた。
カラン、コロンと扉に括り付けられていた鈴の音が鳴り響き、来客を店内に伝えると、直ぐ様店員がいらっしゃいませと声を掛けてきた。
女性は従業員にフードの着いたコートを脱いで渡すと――――――
「やぁ、メイゼル!こっちだこっち!」
奥のテーブルに掛けているメガネ男が自分の名前を呼んできた。メイゼルと呼ばれた女性は少し口元を綻ばせて、男の正面の椅子へと腰掛ける。
「久し振りだね、メイゼル。前にここで会ったのは――――――そう、半年くらい前だったかな?」
飄々(ひょうひょう)とした男の顔に嫌気が差したのか、女性は少しだけ口を尖らせた。
「何を言ってるのよ、一年と5ヶ月ぶりでしょ?私がセレシーダの開発主任になった時のお祝いにルテールをご馳走してくれたじゃない」
「あぁ、そうだったそうだった!さすがは第八都市の誇る最高研究機関セレシーダ・オクトプラントの現場責任兼開発責任者のメイゼル・ブレンナー博士。」
「茶化さないで、ウィリアム。フィンガムの主任である貴方が、疎遠にしてる私なんかを呼んだってことは、またギルド関係で何かあったんでしょ?またあの子達関係?」
「流石だね、お見通しか……うん、まぁね、実はそうなんだ。」
「解った!例の……なんて言ったか……あ、そうそうガンスリンガーの子達に、どうせメガネが怖いとか言われたんでしょう?」
「いや、流石にそこまでは……。だけどまぁ、当たらずとも遠からずと言うか……」
「……で、一体何があったの?ウィル、同じ穴の狢(むじな)……じゃなかった。同じ学校を卒業した者同士、嘗ての同輩の好(よしみ)で聞いてあげようじゃない。その代わりココは奢って貰うけど」
「ははは、参ったね、これは。」
そう呟きながら、蒼いシャツの男は片目を瞑りながら後頭部を掻いた。
「どうせ貴方のことだから、倹約(けんやく)生活でトラスも必要最低限しか使ってないんでしょ?勿体無い勿体無い……」
そう言いながらメイゼルは近くの従業員にメニューを見ながら3つほど注文した。正面のウィリアムに会話を続けるよう目配せする。
「ではさっそく本題なんだが、君を呼び付けたのは他でもない。『ディーヴァ』についての細かな見解は、君の所にも届いているだろう?」
「あぁ、例のスライムみたいなやつでしょ。アレがどうしたの?ちゃんとウチで対策を講じてハンプティ・ダンプティを作ってそっちに送った筈だけど?」
「そうじゃない。……なぁ、メイゼル、きな臭いと思わないか?」
「そんな事言ったらきな臭いことだらけじゃない……リエニアの93%は地形は勿論、そこに形成されている生態系も含めて解析されてアーカイヴスに保管されてるのよ?特にゲヘナ晶原なんて初期の初期に調査済み。未発見の生物なんていたとしても少数でしょうね……でも、それが貴方の言う『ディーヴァ』だってことはまず在り得ないわ。もし仮にディーヴァが以前から生息していたとすれば確実に見つかってた筈」
「驚異的な繁殖力と宿主依存特性……」
「そう。あれほどの成長速度と分裂能を持つのなら、とっくにこのリエニアは『ディーヴァ』の星になってた筈だわ」
「ボクもそれについては同意見だ。……では、アレは一体何処から?突然発生したのか、大気圏外から来たのか、それとも―――――」
「外からなんて在り得ないわ。一千年も前から今日までずっと人類はこの銀河系ほぼ全域に向かって生体探知魔法をかけてる。生命体が住む星は、もうこの銀河でリエニア唯一つだってもうずっと昔から知ってるでしょ?……人類は、この暗い世界に一人ぼっちなのよ……。それに『ディーヴァ』にはちゃんと生体探知魔法が反応したはずよ?」
「……あぁ、そうだね。ボクもこの天体(リエニア)の外から来たっていう仮説には反対だ。例え、仮に探知魔法を掻い潜って隕石にでも付着して来たとしても、中和魔法陣が無ければ地表から十万キロメートルに張られているODS:Orbital_Defecation Sphere(オービタル・ディフィケーション・スフィア)に接触して分解される筈だ。ついでに言うと既存の生物種から自然発生、または分化したっていうのも怪しい。先も言ったように『ディーヴァ』に似た生物は見つかっていないんだからね。詰まり一番疑わしいのは……」
「……誰かが、人為的に生み出した生物であるということ」
「まぁ、そうなるだろうね。でも、一体誰が?4Sシステムを受けている者なら、こんな非人道的なことは逆立ちしてもできないはずだけど?それに骸骨公(スカルハンター)の一件からもインターバルが短か過ぎる」
「私達の与(あずか)り知らないところで、何者かが裏から糸を引いてる」
「ふん……これは何かの予兆なのか……」
「ま、今のとこ解るのは、分かんないことだらけだってことね。はむっ、あ!これ美味しい!店員さん!これもう一枚追加ね!」
メイゼルは先刻までのシリアスな雰囲気をかき消すように、自身の目の前に出されたピザをルビー色の美酒と共に豪快に平らげた。
「やれやれ……キミは昔から困ったお嬢さんだよ、まったく」
まるで秋の空のような彼女の振舞に驚いた様もなく、ウイリアムはただ満足げに目を細めて浅い溜息を吐いた。
「ん?なんか言った?」
「ははは、いや、何でもない。君を見てると悩んでるのが馬鹿らしくなった」
「それ、どういう意味よ?」
メイゼルが片頬を膨らませつつ抗議の視線を向けたが、ウイリアムはただ笑ってごまかし、事なきを得た。
窓の外で行き交う人々は歩調を早め、各々が足早に暖かな家庭へと帰ってゆく。
こんな世界がこれからも続いてゆけばいいと、心の内に燻る一抹の不安を抱えながらも、ウイリアムは僅かに目を閉じて祈った。