自作小説

【第1部第2章22節】Crisis Chronicles

 ―――――――陰、蔭、翳、影――――――――…………

 周辺を囲いながら蠢動しつつ蔓延る黑色の影を月明かりが邪悪に照らし出す。それらは微塵の隙も見せること無く獲物が動き出した瞬間に仕留めようと息を殺し、今もその瞬間を待っている。

 少女達が落下したのは目標地点から遥か遠くの密林地帯。中心部のラクリマの丘から離れている為、晶化降雨(レインフォール)の影響も軽度に留まっているようだ。

 二人は降り立って数分と経たない内に、予め用意されていたとばかりに敵陣の渦中へと飛び込んだ。

 踏み込む地面さえも多量の湿気を吸い込み柔らかく、執拗に足裏へと絡みつく。人間の恐怖心を煽るように調教されたが如く、その動きは計算尽くで、冷静な思考を掻き乱そうと蠢(うごめ)く。

 それでも少女は一切心を乱さず、事前に4S-Systemにより裏打ちされた知識を総動員してこの一帯に生息する魔獣の中から該当する生物種を探し当てる。

 木々の間隙から垣間見えるシルエットと俊敏性、時折漏れる呻(うめ)き声から、それがムピロスクであると断定するまでは容易かった。

 深い緑色を基調として細いフォルムの随所に赤い線を塗り付けた水生獣。それが今、二人を囲っている敵の正体だ。腕部に鋭利な刃物を携え、四足歩行で移動し集団で獲物を襲うという習性を持つ危険な生物。

 そのような生物群の只中に墜落して尚、まず初めに脳裏に浮かんだことは、相手を何処まで浸襲してよいのか、それに尽きた。

 本来ならば、自身の生命の安全を第一優先として考えるべきだが、クレイズとユリアが本来の気質として持つ精神的な甘さに加え、ミッション着任前に開示された情報が、二人の思考優先度に一抹のノイズを奔らせていた。

 ――――この任務中における戦闘行為は、須らくが当事者の本意から生まれたものではない。例え相手側から、襲い掛かってきていたとしても―――。

 遭遇する生物群の悉くは、ディーヴァに判断能力や行動理念を汚染され、自身の意思とは無関係に戦闘に駆り立てられてる可能性がある。

 宿主の意思を操作し、勝率の少ない賭けでさえも、無理矢理その命を対価として差し出させる。ディーヴァに取り付かれたが最後、その決定権に抗う術はない。

 そのことを過剰に受け止めていた少女達は、今回のミッションを受けるとき、可能な限りの戦闘行為は避けようと、自身の胸中で誓っていた。

 だが、この状況に追い込まれた以上、最低限度の戦闘行為からは逃れられない。

 様々な懊悩が交錯し、思考回路を焦げ付かせる。

 此方(こちら)が損害を受けずに敵を行動不能に出来ればそれが一番だということは解る。しかし、敵が本気で命を狙って来ているこの状況ではそう簡単にはいかない。

 この戦闘で手を抜けば、恐らく何らかの手傷を受けることは容易に想像できる。そしてその場合、患部からディーヴァが侵入してくることにも留意しておかなければならない。

 中枢に取り憑かれ洗脳されれば、それは即座にこの任務の失敗を意味する。元々少数精鋭を前提としている作戦故に、人員の減少は致命的な打撃を被る事となるだろう。

 よって、二人に残された選択肢は2つに絞られていた。――――――――立ち向かうか、逃げるか。

 逃走を図るにしても、人間の足が彼等の脚力に敵う筈が無い。―――――――つまりは、そういうことだ。既にやるべき事、やらなければならない事は決していた。

 一通り思考がまとまりかけた時、痺れを切らした個体が呻いた。それに同調するように集団の動きが変化し始める。

 大樹の陰から頭部を覗かせ此方を伺う眼光の数は計14にも昇った。七体の殺人鬼が一斉に気配を消し、飛び出す瞬間を伺う。

 『――――――――クレイズ、来るわよ…………行ける?』

 『えぇ、この数ならまだ余裕があるわ―――――そっちはどう?』

 『問題ないわ。かわいそうだけど、殺るしか無いようね…………』

 刹那、眼下の地面を抉り後方に砂を巻き上げながら加速した個体は計四体。それらは全て体表面の液滴を周囲に撒き散らしながら直線的に駆ける。

 「ギュアアアアアアアアアアァァァァァッ!」

 四方向から飛来した豪腕が直前まで二人が立っていた地面を叩き割り、砂飛沫を周囲へと大仰に爆散させた。

 先制攻撃を辛うじて側面に跳んで避けたクレイズは、両足を地から離した状態で左手に収めた黒色の魔法銃を正面の個体へと捉え、至近距離からトリガーを三度引き絞る。

 バツン、バツン、バツンッ!

 しかし、瞬時に地面を蹴り跳躍したムピロスクの残香を捉えるのみで、三発の魔弾は容易に躱(かわ)され、遠方の木々の中半を抉(えぐ)り取るのみに留まった。

 昏い闇の中、大木の幹を蹴りつけ弾かれるようにして目まぐるしく飛び交う敵。それらに向けて慣れない銃撃でのダメージを与えることは紅髪の少女には困難を極めた。

 ――――――――速いッ!さすがに此処までの動きは情報集積庫(アーカイブス)にも記録されて無かった筈なのに――――――何故……?

 しかしそんな状況でも、二人の思考は滞り無く巡り続ける。有効な攻略法は、先ずはそのカタパルトの役割をしている物体――――――高弾性を誇る歪に曲がった木々の排除だ。

 そう判断したユリアは魔法で周囲のそれらを斬り裂こうとする。――――――が、それは強靭な刃を持つ敵により阻まれた。

 突如飛来して来た三体。先行した四体が戦闘を繰り広げている間、狡猾にも上方から二人の隙を伺って居たのだろう。それが両腕の大刃(ブレード)を振り抜きながら頭上から落下して来た。

 ――――――――――ユリア、上ッ!

 そう警戒を飛ばそうとするクレイズだったが、高速の奇襲には、空気振動により情報を伝播する口頭伝達は用を為さなかった。

 この世界に息衝く全ての生物は、須らく水平方向に対しての危機感知能力には長けても、垂直方向のソレに対しては少なからず疎いことがこの世の理だ。

 例えそれがこのリエニアにおける最強の部類に属する生物――――――魔法使いで在ろうとも、其処(そこ)に例外は無かった。

 「―――――――なッ!?」

 頭頂方向からギロチンの様に一直線に向かってきた三本の強靭は、一つの例外も無くそのか細い肢体を三枚に引き下ろした。

 同時に地面を打つ金属音と少女の体内から吹き上げる朱色の血霧。それらは彼女を殺害した生物の体表へと降り掛かり、塗装のように朱く染め、禍々しさを一気に引き上げた。

-自作小説