自作小説

【第1部第2章20節】Crisis Chronicles

 白銀の外装を持つ自律機動型レクティア〈Kα-LINKS-47〉の回転羽が装甲上部に黒色の円形影を描きながら荒々しく大気との摩擦音を奏でる。

 現在、オートパイロットシステムにより制御された〈Kα-LINKS-47〉は厚く濁り始めた雲中を突き破りながら目標地点の遙か上空に向けて高速で進行していた。

 時速は悠に700キロメートル弱を記録し、宛(さなが)ら白鉄で外面をコートしたリクトネックファルコンのように、機体前面で弾かれた空気塊が後方で荒渦を逆巻き、雲景を乱雑に掻き濁す。

 飛行高度4350メートルを維持し続け安定状態をここ数時間保っていた機体は、魔法効果により密閉された内部に空調制御装置が常に働き、黒皮のシートに腰を落ち着け今もその時を待ち続けている二人の少女に快適な空間を提供していた。

 「はあぁぁ…………一体、何でこんなことになっちゃったの……うぅぅ…………」

 しかしそんな〈Kα-LINKS-47〉による完璧な空調制御の加護など露知らず、美しい紅髪を備えた少女は一人頭を抱え、金属光沢が照り返す足元へと視線を落として低く唸っていた。

 形の良い眉は悲痛に寄せられ、瞼は細められ、口元は半開きのまま呪詛のように独り言をぶつぶつ呟いているクレイズに、その正面に座っていた銀髪長髪の少女は気遣うように声を掛ける。

 「クレイズ、もう少しの辛抱だから頑張って!ほら、あと8分だって!」

 この高度飛行状態が残り少ないことを傍らの相棒に伝えるユリア。しかし、そんな励ましの言葉も今のクレイズには傷口に塩を塗り込む行為でしか無かった。

 「そう……もう少しでこの人生ともお別れなのね…………って、何でッ!、何でユリアは平気な顔でいられるわけ!?あと8分……いや7分で高度四千メートルから投げ出されるのよ!……怖くないの?」

 「えぇと、私は別にこれが初めてじゃないから……でも、安心してクレイズ!反重力装置は規定高度に達したら自動で起動しくれるの!私達はただ、勇気を出してここから開いたハッチに向かって数歩歩くだけでいいわ!そうしたら後は魔法が上手くやってくれるから!」

 「その自由落下が嫌なのよぉ……それに魔法は万能じゃないのよ?……今まで地面なんて当たり前のように踏み締めてたけど、なくなって初めて、その大切さに気付いたわ……うぅ……地面が恋しい…………」

 此れ程にまで疲弊しているクレイズを見るのは初めてだった。骸骨公の眼前ですらも毅然とした雰囲気や態度を常に崩すことはなかった少女が今、人生初めての「ただの」自由落下(フリーフォール)ごときに怯えている。

 彼女が涙目で震えだしてから一時間が経過するまでは小動物を見ているようで多少可愛げも在ったが、数時間もその状態が経過するとさすがにそれも情けなく感じてきた頃合いだった。

 「もう、いい加減覚悟を決めたら?だってゲヘナ晶原にはポータルアンカーなんて張って無いし、敵に気付かれたらいけないから空から行くしか無いでしょ?丁重に運んで貰えるだけ、ありがたいと思わなきゃ!」

 しかしユリアは考え直し、今までの自分の人生を目を閉じて思い返した。――――――――私が今まで歩んできたこの人生は、異質なモノだったのかもしれない。

 幼少から両親を亡くし、暖かな彼等の両手と引き換えに冷徹な魔導式拳銃のグリップを握り、思春期の大半を硬質な引き金を引きながら過ごした。が、その過程で多くの掛け替えの無い仲間達を得た。だから自分の人生が空虚だったとは決して思わない。

 だが、それはこの時代のリエニアを生きる少女が歩み紡ぐ平均的な人生だろうか―――――いや、違うだろう。だからユリアは理解したいとは思うが、理解できない。普通の17歳の少女の感覚と言うものを……。

 そこへ考えが至ると、銀髪を揺らし、少女は優しげな瞳でパートナーへと微笑みながら告げた。

 「分かった……じゃあ、目を瞑っていて。催眠と感覚欺瞞の魔法を貴女に掛けてあげる。私が貴女を抱えて飛ぶから、気付いたら地面を踏み締めているはずよ!」

 「うぅ……ユリア…………ありが――――――」

 その寛大な言葉にクレイズが感謝の言葉を述べようとした時、〈Kα-LINKS-47〉のアナウンスが声高い電子音に変換されて響いた。

 「残り5分で目的地です。此れより当機は多角迷彩(Vanishing System)を起動しますので、機内での魔法使用は到着までご遠慮くださいますよう。」

 それから丁度5秒後、スゥっと正面から後方にかけて見えない何かが機体表面を這うように駆け抜けた。窓辺から見える雲景色に回転羽などの機体パーツは既に見受けられない。どうやら光学迷彩などの隠伏魔法は恙無く完了したようだ。

 この機体に搭載されている多種の魔法は全て、無系統魔法に限られている。それは家庭用の様々な魔器から兵器として使用される魔器に至るまで例外は無い。

 それは生物内に存在し、その生物が呪文を紡ぐことによってのみ、使用者の魔力特性が魔力という無色の力に転写されるからだ。

 エレメントグレネーダと呼ばれる兵器も同様に、ソレが生み出す効果は火、風、水、雷、土と製造者に謳われているが、実際には熱量吸収、熱量発散、外界への運動量放出、摩擦係数操作……などの様々な無系統魔法の複合作用に他ならない。

 機械は一切の魔力系統を持たない。故に魔力に性質を与えることが出来ない。

 つまり、風系統の能力者は魔力自体を直接風力に変質できるが、無系統魔法は団扇(うちわ)に運動量を捧げることにより間接的に風を生み出す。両者の間にはその程度の違いしか存在しないと評されるが、それはこと効率面に於いては大きな差が生じている。

 燃料を燃やして熱量に変え、それを風力に変換してタービンを回転させて最終的に電力を生み出すのと、最初から燃料自体を電気に変えるのとではその過程で無駄に浪費する力に大きな差が生まれる。

 100の電力を生むのに一秒掛けて燃料を120消費するか、それとも十秒掛けて燃料を200消費するか、その程度の変換効率と時間効率の違いだ。

 故に限られた資源の中では、様々な状況に於いて多量の機械よりも個々の魔力系統を持つ多種の人間が重要視される。

 例えば、大勢の魔法使いが取り残され魔力素の限られる現在のゲヘナ晶原のような場所では――――――――…………。

 透過したレクティアの内部で、クレイズは事前にユリアに魔法を掛けて貰い降下作戦を乗り切ることになった。

 降下まで残り三分―――――事前知識として4S-Systemで学んだキャスティングの要領で行えば大丈夫よ、クレイズ。貴女ならいけ―――――――なッ!?

 クレイズが自分に自己暗示を掛けて心を落ち着けようとした時、それは起こった。

 ガンッ、ガンッと硬質な鉄を打ち付けるような衝撃と衝突音が多角迷彩の行き届いている筈の内部に響き渡り、その航空機能を著しく破綻させる。

 「―――――ひゃッ!?な、何なの!?どうしたのよ!?」

 パニックに陥り、慌てふためくクレイズとは裏腹にユリアはコックピットに頭を覗かせ現在の状況を冷静に認識した。

 ――――――まさか。魔弾で攻撃されている!?在り得ないわ……こんな高高度に……多角迷彩を施しているヘリに向かって!?

 同時に、機体が各所で派手な爆発を起こした。火柱が幾本も立ち昇り、破砕した機械部品が外界の昏(くら)い空に高速で吹き飛ばされ消えて往く。

 最早飛行能力を失った黑色の鉄匣は進行方向を見失い、水平方向へ高速回転を始め、搭乗員の平衡感覚を容赦無く奪い去った。

 「……え!?ちょっ!やだ!ユリアッ!押さないで!―――――へ?…………きゃぁぁぁああああぁぁぁぁぁァァァァァッ!――――――――……………」

 瞬時にユリアは上棚に収納されていた降下用の反重力装置を2つ掴み上げ、クレイズに結び付けて灰色に濁った空へと叩き落とし、自分も高度4000メートルから躊躇無く落下していった。

 眼下から吹き上げる凄まじい空気抵抗により、クレイズの瞳から流れ出す透明な涙が上方の彼方へと向けて大量に飛ばされ散っていった――――――

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