ノルクエッジによる長距離走行を経て都市外壁に到着し、検問エリアを通過し街門を潜り一時間近くが経過していた。
「だから、なんで魔力波長を追跡できないのかって聞いてるのよ!」
先程からカウンターに怒鳴っているのは銀髪長髪の少女―――――ユリア・ノーチェス。
普段とは違い――――と言ってもそれほど長い付き合いでもないが――――彼女は現在、大人しそうな外見とは裏腹に怒りを顕にしていた。
二人がいるこの場所は情報統括機関も兼ねるギルド統括機関「フィンガム」の第三都市支部クラッドビル一階のフロント。
清掃の行き届いた光の照り返す鏡のような大理石の床に怒声が跳ね返り、屋内へと響き渡る。
銀髪の少女の眼光は鬼気迫るものをその最奥に秘めていたが、カウンターを挟んで応対している男にはまるで効果を得られなかった。
「ですから先程も申し上げたように、あなたにはその権限が在りません。」
「在り得ないわ!私達のギルドはランク1(ワン)の筈よ。だったら他に使える人はいない事になるじゃない!?」
ユリアがその言葉を口腔から吐き出した瞬間、男の口元が緩み、嘲るような表情を能面に微かに浮き上がらせた。
「フッ……おっと、これは失礼致しました。不正に手に入れた最高ランクを一切憚(はばか)る事無く誇示されるので、思わず吹き出してしまいました。どうやらお仲間と共に貴女は誇りまで失ってしまったようですね……ギルド、ガンスリンガーの長、ユリア・ノーチェス。」
完全に応対相手を見下した態度を採り続ける男に、銀髪の少女は奥歯を噛み締め、冷静で在ろうと自分の感情を力尽くで抑える。
「…………確かに、ランク1に上がるために私達は少しズルいやり方を採ったのかもしれない。でもアレは両者同意の下で行われた公正なる取引の筈でしょ?後になって兎や角言われる筋合いは無いわッ!それとも、フィンガムは私を挑発してあの事をバラされたいのかしら?」
「いえいえ、此方としてもそれは困ります。ただ私が言いたいのは、まるで自分が一切の汚点も持ち合わせていないとでも言うように、罪で穢れたライセンスを我物顔でひけらかすのはどうかと思っただけですよ。今回の件で貴方にも身に染みて理解出来た筈です、子供が遊び半分で大人の境界へ足を踏み入れればどうなるか。そしてその結果、貴女はまたも多くの犠牲を払った……いい加減気付いたらどうです?自分の愚かさに」
「そんな事……私が一番良く解ってるわよ!もうその償いの方法も決めてるわ。それよりも今はつべこべ言わずソルスの使用権を渡しなさい!」
「まぁまぁ、一端話を戻しましょう。……しかし仰る通りです。ギルド所属者の中で特定人物の魔力波長追跡の為に、私用で人工衛星ソルスを動かせる者はおりません。加えて本件は個人情報保護条例にも抵触致します。」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
その時、男の傍らに設置された内線から呼び出し音が発せられた。
「私にはどうにも……あ、内線ですので、少々お待ち戴けますでしょうか?」
眼鏡を掛け高級感を滲みだす背広を着込んだ男性との応酬は、事務からの一本の通信により中断された。
リエニアに於いて視力矯正魔法は人々の生活に古くから浸透している為、眼鏡は完全にファッションや嗜好品の類に属しているが、物によっては対面する人物に対して威圧感やその他の感覚を視覚的に与えられる為、日常的に交渉を生業としている者には好まれる装飾品としての位置を獲得していた。
しかし今、ユリアからは見えず声も聞こえない立体映像に映った人物と通話している眼鏡男の表情からは威圧感が消え失せ、低姿勢のまま相手の言葉を聞き入れている。
「……え、……えぇ。はい、そうでございます…………はい」
こんな男でも目上の人間には頭が上がらないのか、と少し考えたところで少女はこの男に思考を割くのも面倒になって考えるのを放棄した。
ユリアはその様子を憤慨したように半眼で観察し、彼女の後方に一歩引いてギルド関係者とは無縁のクレイズは黙々と待機していた。だがその表情は普段の凛とした様相とは異なり、仲裁に入ろうかどうか迷っている心情を安易に吐露していた。
それでも彼女は右手を強く握り、真剣な表情でユリアの嘆願を見守っている。本来なら自身が申請すべきなのだが、ユリアからの提案もあり、彼女の威光を笠に着ることになっていた為だ。
ここで仲裁に入ろうものなら、ユリアの顔を立てられなくなるという事を重々承知しているからこその行動選択だった。
十数秒ほどの応対の後、ユリアが抗議を再開させた。
「……で、どうなのよ!」
内線の後、あくまで挑戦的な姿勢を崩さないユリアに対し、強固な姿勢を覆さなかった男性が口にしたのは意外な一言だった。
「先ほど上からの指示が入りまして、その――――――結果としてはあなた方の申請を受諾することとなりました。」
ユリアは背後のクレイズを笑顔で振り返る。その両眼には勝利という二文字がはっきりと浮かんでいた。
「――――――ただし、此方にも条件がございます。」
しかしすぐにその笑顔は消え失せ、じっとりとした睨みつけるような眼でユリアがカウンターへと身を乗り出す。
「なによ!まだ何かあるっていうの!?」
その威圧感に一切屈すること無く、眼鏡の奥の瞳は全くブレることは無い。右手の中指でその位置を正し、そのまま冷淡に告げた。
「なに、貴女方には至極簡単なことですよ。人工魔導衛星ソルス使用権の一時的な譲渡、それと引き換えに私共が提示する交換条件はただ一つ―――――――ある依頼の完遂です。」
フロントの天井に設置されて在る監視カメラが、二人の来訪客をじっとりと舐めるように注視していた。