――――――――――清澄な旋律が聴こえる。
一定の冷たさを含み、しかし瑞(みず)のように心の中へと深く浸透してくるような透き通った歌声。
その音色は形容し難いほどに美しく精錬され、楽器の恩恵を得られずとも歌姫の薄い桜色の唇から紡ぎだされる言の葉は、周囲の豊かな自然景観に協調しながら波及(はきゅう)していった。
「――――――――――――――。」
果たして、その詩の意味を理解し得る者はいるのだろうか……
綴られる歌詞は現代に残存するどの言語とも異なり、認識の内外から訴えかけられるような荘厳な抑揚が複雑な旋律を結い上げ、澄み渡る空気へと馳せる。
スポットライトにさえ照らされず、賞賛の声も受けられぬこの孤高の壇上で、何故、彼女は謡(うた)い続けるのか。
恰(あたか)も硬質な鎖に囚われているかのように、石の台座へ体重を預けている歌姫(ディーヴァ)は尚も歌い続け、誰に向けるでもなく白く透き通った右腕を前方へ伸ばし、奏でられる詩に同調するように、それをそっと自身の胸元へと添えた。
「――――――――――――――。」
その憂いを帯びた眼差し、孤高に映える美女が総身で表現する比類なき儚さ、そのどれもが薄い霧と水晶光に満たされたこの場の雰囲気には似つかわしい。
歌姫が微かに頭(こうべ)を傾ける都度、光沢を纏う壮麗な長髪がさらさらと流れるように靡(なび)く。漆黒の色調はその白い肌にコントラストを添え、霧のベール越しに薄幸な姿をさらに強調していた。
彼女が詩を紡ぎ始めて、一体どれほどの時間が経過しただろう。
聴きゆく野生生物達がその動きを停滞させ、時間を忘れて聴き入る――――と表現できるほどには刻が過ぎていた。
口元には微かな微笑み。控えめに濡れた唇からさらに零れ落ちる歌と詩。
いつまでも、いつまでも――――――歌姫(ディーヴァ)は休息を挿むことなく、ようやく咲いた一輪の花のように絶えず歌い続けた。
彼女の詩を止めようとする者は存在しない、存在してはならない。そう想えるほどに、重ね連なる一つ一つの挙動は精緻で、どこまでも果て無く美しかった。
薄い硝子のように脆(もろ)くも崩れ落ちてしまいそうな美貌は憂いを纏いながら、それでも何かを求めるように、再び歌姫は定まらぬ虚空へと手を伸ばす。
――――――――麗美な歌声はしめやかに、ゲヘナ晶原の中心にいつまでも途切れること無く響き続けた―――――――――…………