カチリ、カチリ、カチリ――――――――――――――
「ウフフ……フフフフ…………」
闇の中、確かにソレは歪に嗤(わら)っていた。何が可笑しいのか、それは定かではない。だが、ソレは確実に現状進行しつつ在る『ナニカ』に対して形容しがたい悦楽に似たモノを感じ取っていた。
それは何も無い空間。ただ空虚、それ故に闇はその臓腑までもを侵(おか)し、ソレはまた嘲笑う。
三日月形に切り取られた下弦の月の様に、白い口元を悲痛に、凶々しく歪めている。
ソレの内には今もまだ燻り続ける混沌と狂気と残虐性を孕み、それを開放する時を今か今かと待ち構えているように、静かに押し殺すように嗤っていた。
ハインズ歴が開始して既に1998年間もの年月が過ぎ去った。此処まで、長かったようで短かった。
二千年周期で動き出すアレの存在を未だ忘れずに記憶している者が、一体どれほど残っているだろうか?
4S-Systemが確立されてからはまだ400年少々しか経ってない為、情報集積庫(アーカイブス)に記されている情報にも一切ソレは含まれていない。
ソレを知っている者は、『あの男』を除いて他に存在しない。
そして恐らく、アイツさえ排除してしまえば私を邪魔する者はこのリエニアに於いて誰もいなくなる。
前回、「彼女」に手を貸して私の少しずつ慎重に積み上げて築き上げた計略を台無しにしたアイツ。
そうして多量の犠牲と引き換えに人類が手に入れた束(つか)の間の平穏な世界、害毒が祓われた清浄な世界と謳われた人類種の楽園。
「フフフ………クフフフ………………」
平和になった世界?無菌室のような清浄な世界?―――――愚かな。そんなモノは一重に、私の復讐劇に華を添えるだけの瑣末な部品でしか無い。
気の遠くなるような長い時間、ずっとどうやってあの時の恨みを晴らしてやろうかと、それだけをただ考えて過ごしてきた。
だがもう少しだ。もう少しで、こんな怠惰な時間を繰り返すだけの終わらない螺旋の鎖を断ち切ることが出来る。
狂おしい程に待ち遠しい。その時が近付いてゆくにつれ、千秋の想いで一日を過ぎ去る。
「彼女」に敗北したあの瞬間から、今度は前回以上に緻密に計算された計略を少しずつだが確実に推し進めてきた。
そして全てのパーツが揃った時点から、既に刻限までの時計の針は刻一刻と、止まること無く動き出している。
此処まで、全てが、私の想定していた通りに動いている。
そしてその事に奴等は全く気づいていない。平和の園だと言われているこの世界が、貴様らが幸せを享受している間に、少しずつ私に崖の端まで押されていたということに。
そこまで考えて、ソレはまた嗤った。
そしてこれからも嗤い続ける。
偽りの平穏に満たされた揺り籠の中で、今はまだ誰もその存在に気付くことはない。
恐らく何者かが受け渡され享受される平穏に何らかの疑問を感じ、何かが可怪しいと気付いた時には既に、ソレの復讐劇は最早止められないところまで、幕が引かれる直前まで進行していることだろう。
だからそれまで、ソレはその時までリエニアに穿たれた病巣にて残り短い眠りを続ける。
時折病巣より出て、少しずつ世界を破滅の崖へと押して、そしてまた寝床へと帰ってゆく。
この世界の誰にも知られること無く、永遠の幸福か永遠の発展を迎えるはずだったシナリオは、ゆっくりと、破滅的な終末へと書き換えられてゆく。
―――――――――ほんの少しずつ、だが確実に――――
カチリ、カチリ、カチリ――――――――――――――