自作小説

【第1部第1章9節】Crisis Chronicles

 クレイズが寮から出て学園の門まで着くと、既に日は暮れて夜の帳が降りていた。加えて天涯には厚い雲が張り付き、暗澹たるこの場の雰囲気を体現していた。

 一貫して、何かの開始というものは期待通りに事が運ぶことはなく、様々な障害に足を引かれるものだ。

 始業式や、修学旅行、初出勤日、……そんな行事の発端には高確率で大雨が降るように。

 此れまでに得た短いながらの人生経験から、少女はこれから起こり得る苦難をある程度まで予想していた。――そして、その予想は現実に形を得て、彼女の眼前に立ち塞がった。

 前方には予想通り、厳しい面持ちのキングズと十数名の生徒が外門の護りを固めていた。

 生徒達は半弧状に並び立って外門を守衛の如く務め上げ、その輪から突出した位置に佇む男性の表情は穏やかではなかった。

 「クレイズ……行かせんぞ……」

 キングズが責めるような眼光を飛ばし、重々しく口を開いた。

 「あと7分でポータルの閉門時間だ。それまでお前の足止めをすれば私の役目は終わりだ」

 今からポータルへと直通で出ている公共交通機関の最終便に乗り合わせようとしていたが、これで間に合うかどうか判らなくなった。

 クレイズが奥歯をギリッと噛み、苛立ちを言葉に重ねながら目の前の義父を糾弾した。

 「なんでわかってくれないの!?……私はただ……ただ妹を取り戻したいだけなのにッ!」

 キングズが額に皺を寄せながら折檻するように答える。

 「それで行ったとして、お前が目的を果たして確実に帰って来られる保証がどこにあると言うんだ!私はもう……誰一人として、大切なモノは失わないとセラの墓標に誓ったのだ!」

 「だけどここで待ってたって……エミリアが帰ってくる保証はどこにもない!」

 親子は互いの仇でも見るように、数秒の間睨み合った。その眼には、両者の譲れない想いが投影されていた。

 「どうしても通してくれないんなら……力づくで押し通すまでよ」

 「話は平行線というわけか……ならば、やってみなさい……それで少しは、強情な頭も冷えるだろう……」

 ――。

 数秒間の沈黙の後、クレイズは水を含んで泥濘(ぬかる)んだ地面を蹴った。

 凄まじい加速力がクレイズの体を前方へと押し出す。

 クレイズはバックパックに腕を回し、手のひら大のボールを取り出し、キングズに向かって投擲した。

 地面に衝突し炸裂したボールから放たれた、耳をつんざくような鋭い衝撃波と閃光が周囲の空間を満たす。

 大の大人でも普通、数十分は聴覚と視覚を麻痺させ脳震盪を引き起こし気絶させ得る反響式魔力閃光弾(フラッシュバン)。

 これは以前にキングズが娘3人に護身用としてプレゼントしたものだった。これを送った時、三人はそれぞれ苦笑いやら「もう、お父さん、心配し過ぎだよぉ」などと言われたものだが……。

 まさかあの時に渡したものが、よりによって今この場で突き返されるとはキングズも想定していなかっただろう。

 クレイズ自身、この思い出の品を父に突き返すことによって、父から娘達への過保護を掻き消すつもりだった。

 「じゃあ、通らせてもら――っ!?」

 しかし彼等はクレイズを易易と通すことはなく、瞬時に雷のような音が鳴り響いた。

 キングズが目を閉じたまま魔法を発動したのだ。彼の前方に突き出された右の掌から電流が迸(ほとばし)る。

 クレイズがとっさに横っ飛びで避ける。しかし、電流が濡れた地面を伝導して右脚の腱にかすり、痺れさせた。

 どうやら事前に対抗魔法を自身に施していたようだ。ならば聴覚も数秒で回復するだろう。

 「この親不孝者めっ。見えずとも聞こえずとも、娘の居場所くらい例え魔法が使えなくとも分かるのが親というものだッ!それにもう走れないだろう?諦めなさい!」

 「―――ッ、私はそれでも前に進む!エミリアをこの手で助け出すために!今この時も、一人泣いているかもしれないエミリアを救い出すために!」

 「そうか……どうやら今のお前には、問答は意味を成さないらしいな……なら、縛り付けてでも動けなくするまでだ!」

 キングズは無詠唱で拘束用魔法陣を起動した。生徒達は目を潰されていようとも自身をも巻き込む程広範囲の荷重魔法を発動する。

 高密度の地面を突き破る音が連続的に鳴り響く。それは地面が爆ぜたと錯覚させるほどの勢いを秘めており、見る者から戦意を奪い去るほどに鮮烈な怒気を孕んでいた。

 何本もの鎖が地面から鎖が這い出てクレイズへと向かい、少女の全身を繋ぎ止めようと伸長する。

 「ったく時間がないのに……いつもいつも……そうやって、父さんは……だからセラお姉ちゃんの時も……ッ!」

 クレイズがキングズと門に向かって右手を突き出す。

 「この高天に住まう七つの星よ 今一度我に光を宿せ 星の海をこの手に掴み 力と成して目前の敵を討滅ぼせ――七星剣(グランシャリオ)ッ!』」

 クレイズの右手から高濃度の光の奔流が生み出され、それは彼女の眼前を光粒子で埋め尽くし、地面を深々と抉りながら津波のように呑み込んだ。

 「――な!?」

 地面を突き破りとてつもない速度で迫ってきた鎖が光に消し飛ばされ、その向こうにいるキングズと生徒達も光の中に消え失せる。

 ――数秒間の沈黙。

 辺りは暗闇を取り戻し、そこには倒れた数名の生徒とキングズの姿があった。その脇に深々と乱雑にえぐられた地面が魔法の威力を物語っていた。

 クレイズは苦虫を噛み潰したように呟く。

 「クッ、大切な一回をこんなところで……」

 「うぐっ……」

 前方を見るとキングズが無理を承知で立ち上がろうとしていた。

 「父さん……無理しないほうがいいわ……なるべく直撃はしないように角度つけたけど、これ、手加減はできないから……」

 「クレイズ……行くな……奴を……クラインを追ったら……死ぬぞ……」

 クレイズは義父の傍らまで歩いて地面に片膝を付き、ゆっくりと告げた。

 「ごめんなさい、父さん……でも、私は約束したの。エミリアに、必ず助けると……絶対に救い出してみせると……」

 「――。」

  ――その気概はアイツにそっくりだな……そうと決めた以上、絶対に自分の方針を曲げないのだろう……そういうところもアイツと瓜二つだ。

 キングズは一瞬、寂しそうな顔をした後、娘の真剣な表情からその決心を感じ取ったのか、何かが吹っ切れたように、微笑った。

 クレイズはキングズを助け起こす。

 もう、キングズの顔色にも迷いは見受けられなかった。

 「フッ、そうか……なら、行ってきなさい。そして必ずエミリアを助けて帰ってきなさい。これは父さんとクレイズの約束だ……」

 「……うん、約束する。エミリアを助けて、必ずまたここに帰ってくるから」

 「……ほら、早くしないとポータルが閉まるぞ……そうだ、私のノルクエッジ――QSR-400を使いなさい。魔力は充填式だから、お前にも使えるだろう。」

 そう言うと、キングズはUADバングルをクレイズのものと合わせ、出てきた立体画面に触れ、娘にノルクエッジの使用権を譲渡した。

 「ありがと、父さん……じゃあ、行ってきます。」

 そう言ってクレイズは門の横にある車庫へと駆けた。

 幾ばくかの後、ノルクエッジの排力音がブロロロと近付いて、遠ざかっていった。

 急速に過ぎ去る赤い背中に義父は声を小さく囁いた。

 ―――フッ……まったく、いつからあんなに立派になったのだろうか……。

◇◇◇◇

 ブオオオオオオオオオオオオ。

 ポータル閉門まで、残り時間――14秒――。

 ――先ずは都市の中心街へ行き、そこで情報統括機関を訪ね、数時間前まで遡ってエミリアの魔力波長を検索し、どの方角へ連れて行かれたのか調べないと……。

 これは少女が考案し得る唯一つの苦肉の策だった。一般人が軽々しく政府機関を訪ねて一人の少女の魔力波長を探すためにそのシステムを借り受けるなど前代未聞のことだろう。

 だがやり遂げなけれならない。それ以外、攫われたエミリアを探す手立ては残されていないのだと思考の端で感じ取っていたから……。

 クレイズ・ハートレッドは焦っていた。

 現在の走行地点は建物が多いので滞空禁止エリアとされている場所だった。

 クレイズ自身、こんな時に交通規則を順守したいなどとは思っていないが、空中で四方八方から全身に拘束魔法を打ち込まれる事故防止システムには引っ掛かりたくはなかった。

 それに比べ、路上では衝撃干渉剤(リキットバック)が地面に敷かれた導電性強化パネルの隙間から瞬時に噴出されたりと、安全管理が容易なため、事故防止システムも強引なモノではない。

 故にクレイズは現在、導電性パネルの上でノルクエッジを疾走らせていた。

 交差点の向こうの広場に大きな四角いモニュメント――――ポータルが見える。

 手前の信号が赤になり、赤信号前方に普段通りセーフティ用の停止魔法が掛けられる。しかし、ここで止まる訳にはいかない。

 そして、既にノルクエッジのアクセルは限界にまで回している。

 「あと…もう少し……」

 動き始めた他のノルクエッジや、貨物輸送用の四輪魔動車(カーチェス)から何重にも折り重なったクラクションを投げ付けられる。

 つまり停止魔法を避けるためにクレイズが採った方法は歩道へ乗り出し、一直線にポータルへ向かうことだった。

 歩道に乗り上げる直前に、反対に青信号になった側、地下の大規模高速道路――ガルドラインからの地上出入口から高速でノルクエッジが飛び出して来た。

 ――ッ!

 それをクロスするように紙一重で躱す。後方に凄まじいクラクションが遠退いていった。

 あと一瞬でも遅かったら両者は衝突していたに違いなかった。

 ポータル閉門まで、残り時間――8秒――UADバングルの三次元モニタを展開し、そこに映された時間を横目に見やる。焦りが一層、全身を蝕んだ。

 門の外側から、少しずつ光が弱まってきている。

 その失われつつある光を見て、クレイズは最終手段と言う名の強硬手段を脳内の選択肢から選び採った。

 「ポータルが壊れた場合の修理費は……学園が1つ買えるくらいか……いや、今はそんな事言ってる場合じゃないわね……」

 人が歩道前方にいないことは確認し、周囲のクラクションを無視して、クレイズは前方の一点に思考を集中させる。

 ポータル閉門まで、残り時間――5秒――。

 ズシャアと、擦過音が暗闇に響き、鼓膜内部を蹂躙する。

 ノルクエッジの前輪を持ち上げ、入り口の柵を飛び越え、広場へと躍り出た。

 「――クッ!」

 前方50メートル。もう人一人しかは入れない程に縮まった光の穴を見て覚悟を決めた。

 右手をハンドルから離し、ポータルの中心をその標準に補足する。

 ――純粋なエネルギー自体は魔法陣の転移対象に含まれてない筈だから大丈夫よね……

 「この高天に住まう七つの星よ 今一度我に光を宿せ 星の海をこの手に掴み 力と成して目前の敵を討滅ぼせ 『七星剣(グランシャリオ)』」

 無理やり消失しかけていたポータルの入り口を魔力でこじ開ける。

 「行っけぇぇぇぇぇっ!」

 焼き付くような音を残しながら、クレイズは光の穴が消える刹那にポータルの向こう側へと消えた――

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