そこは第八都市の外輪部に位置する自然公園跡地。雨上がりの橙赤色の夕暮れを背景に、黒色の人影達が集まっていた。或る者は廃材の上に腰を降ろし、また或る者は直立したまま時間の経過を黙認する。
姿形は統一されているが、各々が纏う雰囲気には全く別の異質な差異が感じられる。人影は闇を凝集した様に漆黒を増し、周囲の光粒子を侵食しているようだった。
現代では珍しく開発が遅れ、所々に痩せこけた木々が蔓延り、その場所には都市の賑わいに不釣り合いな薄暗い、寂しげな雰囲気が立ち込めていた。
「――オソカッタナ、イッタイナニヲモタツイテイタ?」
黒いコートを纏った内の一人は、今しがた目の前に現れた二人にそう告げる。漆黒のフードを深く被り憤慨した態度を隠そうともせず、言葉の端々にはノイズが奔っている。
苛立ちを募らせ腕を組み、返答を値踏みしようと待ち構える。
「ごめんなさいね。想定していたよりもあちらの警備が多かったので、つい遊んでしまったわ……」
そう言った少女はフードを脱いでおり、白い長髪と美しく整った表情を顕にしていた。
一人が紅髪の少女を肩に抱えたまま宥(なだ)めるように呟いた。人ひとりの荷重を感じていないように、全ての動作は流麗だった。
「マァマァ、モクヒョウハハタシタンダシ、ソレデイイジャナイ!」
フードを被った彼等の顔は影で塗り潰されていて判別は付かない。声紋だけが唯一、その個体を知り得る術だった。
「早く帰りたい……お腹、すきました…………」
「ソウデスネ、キョウハワタシモツカレマシタ。エラレタジョウホウモマトメタイノデハヤクカエリタイデス」
「マッタク、シカタナイヤツラダ……エウリーデ、ヤッテクレ」
「――リョウカイ。」
6人の黒コート達の眼前に、人間3人が肩を並べて通過できる程度の幅を持つ鏡に似た長方形の空間片が出現した。その表面は波を立て、同心円上の波紋が所々に広がっている。
まるで非晶質の欠片ように、無色のソレは透けて見える遠方の景色を歪ませた。
その中にズプッと、黒コート達は正面から何の躊躇いもなく侵入し、消失してゆく。
――数秒後、そこには一つの人影も無く、ただ浅黒い静寂だけが残されていた。
◇◇◇◇
「学長っ、エミリアを連れ戻すために先生方を動かして下さいっ!」
クレイズはエミリアを連れ去られた後、学園へ急ぎ、学長キングズ・オルブライトに事態を報告した。
事に至る経緯を口腔から吐き出す都度、その時の情景が脳内を蝕み、彼女の喉元は焼け爛(ただ)れたように声音を枯らした。
息を詰まらせ、後悔と恥辱に苛(さいな)まれ、それでも最終的に満身創痍の心中のまま情報を伝え切る事が出来たのは、一重に妹への負い目が背中を強く押した結果だった。
彼女の説明を聞き、最初はキングズも驚くばかりだったが、それらが真実味を増し、幾つもの事象と絡み合わせて今回の事件を発端から再考すると、それも徐々に冷めていった。
―――そういうことか、クライン……。
義父の表情の変化をどう受け取ったのか、クレイズの内心は不穏な空気で乱されていた。
此処に辿り着くまでに、数多くの懊悩が浮かんでは彼女を責めて覆い尽くした。本来ならば心がとうに折れていたかもしれない。だが、じっとしていることは出来なかった。立ち止まっている自分を許すことが出来なかった。
故にクレイズは敗退した後、自責さえも満足に出来ず、恥ずかしくもこの場に赴き、他者の力にさえ縋(すが)った。自分一人では愛する妹の救出がどれほど困難であるか悟っていたから。
だから一縷の希望を託して――残った家族へと縋ったのだ。……だが、義父の返答は少女が胸に描いた期待の遥か下を過ぎていった。
「すまんがそれはできない、クレイズ。先の事件で学園にも黒コート達が現れ、少なからず負傷者が出た。先生達は学園内の安全を守るために総力をあげていて他に手を回せないのだ。それにもう治安維持局も動き始めている頃だろう。大人しく彼等に任せておきなさい。」
そう言う彼の声と表情は疲弊しており、いつも徹底して纏っているはずの覇気は感じられなかった。険しい表情を崩さぬまま、目の前の娘を見据える。
その他者任せの言葉に、表情に、クレイズは瞬間的に苛立ちを覚え、キングズの胸ぐらを掴み上げた。
――自分の娘が攫われたのに、そこに全力を注がないなんて!……それに治安維持局なんて、どうせ捜査班を寄越すだけでしょッ!教師陣の方が有能なのは父さんも解ってる筈なのに……。
「そんなことだから……父さんがそんなのだから……セラお姉ちゃんも……」
その名が娘の口から発せられた瞬間、キングズの目は唖然として見開き、だが直ぐに元の大きさへと縮小した。
互いが互いを仇のように睨み、両者は深刻な眼差しで数秒間視線を交わす……。
「――クッ!」
クレイズは視線を違えて床を睨みつけ、そのままキングズを力任せに冷たい床へと突き飛ばした。
「ぐあっ」
クレイズは頭を振り、直ぐに学長室の扉を開いて室外へ出た。他人ごとのように振る舞う父親に諦めの一言を残して……。
「もういい、エミリアは私が連れ戻すわッ!」
「待ちなさいっ、クレイズ!私はただ――」
しかし義父の言葉は娘に届かず、バタンと叩き付けるられるようにドアが閉められた。
クレイズは寮へと走りながら、これからの自分の行動をについて思考した。
学園の後処理は都市の治安維持局に任せればいいが、連れ去られた一人の人間を捜索するには彼等は不適合だ。いちいち捜査部を立ち上げて情報収集を重ねてゆくのでは時間が掛かり過ぎる。その間に愛妹が危険に晒されるのを指を咥えて待っている訳にはいかない。
彼女は妹に誓ったのだ――必ず助け出してみせると。それまで信じて待っていてくれと。
故にクレイズはただ一人、正体も見定まらない障害へと奔走してゆく――