自作小説

【第1部第1章36節】Crisis Chronicles

 此処に至るまで、途方も無い時間を犠牲にした。

 最初期の十数年間はただ、他人に与えられた条件、環境の中で無心に走り続けるだけの日々だった。

 手を伸ばせば届くほど近くに存在した光に気付き、掴むまでそれ程の時間が掛かった。

 手にした光が冷えきった体を温めてゆくうち、徐々に己の凍り付いた思考も氷解し、自らの進む路を模索するに至った。

 だが見い出したその路は長く、険しく、困難を極めた。

 それ故に、路中半で先を照らしていた光は闇に呑まれることになった。

 光が失せ、足元すら覚束なくなり、立ち止まり、自らを苛(さいな)み、改めて失ったモノの大切さに気付いた。

 全てを諦めかけた時期もあった。だが、闇の中でも月明りを頼りに一度は失った光を探し求めた。

 結果、苦難の末に光を闇から掬(すく)い上げるに成功した。

 それからは気紛れに差す月明りと傍らの光を頼りに暗い道を突き進んだ。

 段差に躓(つまず)き、壁にぶち当たりながらも、前へ前へと一握りの希望を手に奔走した。

 しかし、その道程の果てに在ったのは唯の行き止まりだった。その先は存在しなかった。無理に進もうとすれば原点に戻される危険すらも在った。

 ―――――――――此処まで来て、立ち止まることも、引き返すことも出来なかった。

 だから自分はそれでも前へ、進む覚悟を決めた。

 こんな愚行に付き合わせまいと、二つの光を置いて往くつもりだった。

 だが、いくら振り払っても光は傍を離れることはなかった。

 故に、悲願の成就と引き換えに、光のうち一方は消滅し、再び道の先を照らす機会は永遠に失われた。

 結果、残された光は道の先へと進み、自らは路の原初へと戻された。

 原初へと回帰し、再び進む方向を見失った自身は闇雲に歩き続けた。

 幾許もなく、弱り切った歩者は永久に尽きることの無い火を見つけ、進む先と自身を照らし、火と共に渡り歩いた。

 互いを補完し合う過程で、火と歩者は互いを唯一の拠り所として誓いを交わした。

 しかし、軈(やがて)て火は役目を終えると歩者に「永遠」と「願い」を託し、自らは弱まり、永久に眠りに就くこととなった。

 天涯孤独となった歩者は火の願いを叶える為に歩き続けた。

 もう路を迷い違えることも、道中の石に躓(つまず)くことも無くなった歩者は路の果てで培った知識を使い、或る時、光を救う手立てを着想した。

 それから歩者は火を再び呼び起こし、火の願いを叶え、光を蘇らせる為に千数百年を費やした。

 その努力故か、払った犠牲の大きさ故か、歩者の願いは成就の一歩手前まで迫っていた。

◇◇◇◇

 ただ周囲の闇は黒く、表示された立体ディスプレイは多種のグラフと赤い斑点に埋め尽くされた地図を映していた。

 その意味を知り得る者は、この場に存在する者を除けば極少数だった。

 室内は無機質に冷たく、ただ黙々と作業は進行し、静寂が内部を満たしていた。

 この常闇の「城塞」に住み着く者は十数名のみ。

 此処は住人の数に対してその規模が果てしなく広大だった。

 その規模故に、本来ならば何者にもその存在を隠し通す事は出来ない。――――――が、この場所を知る者には須らくこの場所を公表できない理由が在った。

 故にこの場所は隠れ、潜み、研究を繰り返すには規模も設備も立地条件も十分だった。

 廃棄されたこの建造物の外界には多種多様の生物が棲み着き温床と化しているため、生物サンプルを手に入れるにも適した環境だった。

 男は腕を組み、大型の椅子に腰掛けながら傍らの黒コートに話しかけた。

 「スナッチャーの『初期個体』は捕捉できそうか?」

 「―――――――ムズカシイデスネ。セイソクヨソクハンイガヒロスギマス。」

 「そうか……そろそろ都市の勢力圏に届く頃だな……となるとこの場も知れ渡るか……」

 「ヤハリ、フィオナヲコウソクシタホウガヨカッタノデハ?ウラデコソコソトナニカシテイルヨウデスシ……」

 男は何か考えるような素振りを見せたが、やがてその答は無造作に放り投げられた。

 「スナッチャーの逃亡は最初から決まっていたことだ。それは咎めるに値しない。だが近頃は少々度が過ぎるのも事実だからな…………考えておこう」

 ――――――数秒の沈黙。

 もうこの場の監督に意味は無いと悟ったのか、

 「―――――――――――後は任せたぞ」

 「リョウカイシマシタ」

 男は静かに席を立ち、そのモニター室を後にした。

 ――――――全く、貴方は私達に甘過ぎますよ…………父さん。

 彼には叶えなければならない願いが在った。

 果たせなければ、自らの存在意義が全て水泡に帰す。

 何故この場に自分が居るのか――――――――誓ったからだ。この世界を美しいと言ったキミが、涙を流しながら俺に願ったからだ。その悲願を果たす為ならば、己が全てを犠牲にしようとも構わない。

 ――――――――――――――、―――、――――…………待っててくれ、必ず俺が―――――――――。

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