自作小説

【第1部第1章34節】Crisis Chronicles

 『GunSlinger-ガンスリンガー-』の面々は、治療を終え立てるようになったユリアとクレイズの前に再び現れ、整列した全員が笑顔を浮かべ、そして涙を堪えていた。

 残されている時間が少ないのか、その体は透け、光の粒子を纏い、暗い闇の中で美しく輝いて見えた。

 「みんな…………守ってあげられなくて、助けてあげられなくて、本当に……ごめんなさい…………。」

 辛そうな表情を纏うユリアの前に立つニーナが、頭を左右に振り、それを否定する。

 『ううん……ユリ姉ぇはもう、十分に私達を守ってくれたよん……ね、そうでしょ、みんな?』

 左右を確認するニーナの残滓に、横に連なるギルドの仲間がゆっくりと、確かに頷く。

 『その通り、いつもリーダーは俺達を守ってくれてたからな……おかげで姉さん離れ出来そうにないぜ……』

 『あぁ、そうだな。出逢ってから今まで、俺達はリーダーに頼り過ぎてたからな……。それは十分過ぎるほど暖かくて……本当に心地良かったんだ……だから、そんなに自分を責めないでくれよ、なぁ?』

 その優しさに触れ、ユリアは一層、その表情を崩し、後悔の言葉を告ごうとする。

 「……でも、私は――――――――」

 ミズキの隣に佇むルーチェは、彼の言葉を継いだ。

 『ミズキとルイの言うとおりです。それに昔、私達に言ってくれたじゃないですか。『私達は家族だから、これからはどんな不幸も独りで背負わず、全員で分け合おう。そんな家族になろう』と―――――あれは嘘だったのですか?』

 ユリアの脳裏に、その時の情景が思い起こされる。懐かしくも、つい昨日の事のように感じられる温かい朝の陽溜(ひだま)りの中。仲間と共に誓い合った―――――とても大切な言葉。

 「……違うわ……あれは今でも、私達の大切な……大切な誓いよ……。」

 『なら、そんなに辛そうな顔をしないで下さい。――――さぁ、しゃんと背筋を伸ばして。私達にいつもの、優しい笑顔を見せてください……ユリア』

 ユリアは袖で涙を拭き、真っ直ぐと目の前の仲間達を見た。

 誰もが自分に笑顔を向けている。こんなにも頼りない私なのに……逆に叱咤してもいいはずなのに……。何一つ恨み事を口にすること無く、ただ優しく微笑んでいる。

 彼女は悟った。自分は独りで背負い過ぎていたのだと……こんなにも頼りになる、支え合うべき仲間が近くにいたのに、今までそれに気付くことが出来なかった。

 ――――――――私は何て……馬鹿だったんだろうか……。でも、こんな私にも、変わらずみんなは温かい笑顔を向けてくれる。

 心に温かい風が舞い込む。そして仲間達へと、ユリアは頬を赤く染め、晴れ渡った笑顔を返した。

 「……それでこそ、私達のユリアだよ!やっぱり、ユリアは笑ってないとね!」

 「そうね、ドリス。私も思えばこの笑顔に何度救けられ、勇気付けられてきたことか……」

 「へ、わかってるじゃねぇかお前ら!リーダー……そういうことだから、リーダーは何も心配することなんて無いんですよ。俺達は何処へ行こうとも……上手くやっていきますから。」

 「ドリス、リサ、ルドル……。」

 ギルドに入った当時は幼さが残っていたが、いつの間にか成長していた三人を目にし、ユリアは確かに頷いた。

 「――――――それに姉さん。まだやり残したことがいっぱい残ってるだろ?……悲しむのは、後でも出来るはずだ。だから俺達の次は、その人を救ってくれよ……。」

 ユリアは隣に凛として佇むクレイズを見た。彼女は悲しげな色を含みながら、全てを受け入れているような表情を浮かべていた。

 スフィルの言葉を引き継ぎ、オッヅが紅髪の少女に口を開く。

 『クレイズさん……でしたね?骸骨公の中に取り込まれている間も見ていました……私達を失って、リーダーはまた寂しがるかもしれません。一人で泣いてしまうかもしれません。なので、出来れば森を抜けた後も、彼女と仲良くして下さると有難いですのですが……』

 「―――――――はい、勿論です。…………それと、お聞きしたいのですが、骸骨公の中に居たというのは……」

 クレイズは神妙な面持ちでゆっくりと問う。

 続いて一葉が二人の話を引き継ぐ。

 『うーん、上手く言えないんだけど、骸骨公は人骨兵の中に元になった人の霊体を残して、それを強制的に操ってたの。その体に一番相性が良い霊体だからかな……。人骨兵が倒されると中からその人の魂が開放される。だけど骸骨公はその解き放たれた霊体さえ取り込み、操った。正直、私達の霊体が最後まで何かに消費されなかったのは運が良かったわ。それに、今は霊体に最も相性の良い時間だから……私達が今出て来れてるのも、クルス霊森の特性と時間帯のおかげよ。結果的にクレイズさんが魔法で骸骨公を弱らせてくれたから……霊体を吐き出させたから、その隙に骸骨公の中から脱出したってわけ』

 「――――――そうだったの……。」

 『だから……私、二人にはとても感謝してるの……本当にありがとう。』

 一葉は二人に礼儀正しくお辞儀をした。

 もう逢えないと想っていた、最悪な決別を迎えたと思い込んでいた親友の声が、感情が、ユリアの心に零れ落ちてくる。

 そっと、俯くユリアに、再度ニーナが語りかける。

 『ユリ姉ぇ、そろそろ……時間、来たかも……。』

 その言葉に、ハッと頭を上げ、ユリアは何かを言いたそうな仕草を見せる。

 『私達ね、ユリ姉ぇと一緒に過ごせた時間、すごく幸せだったよ。振り返ると、今でもはっきり思い出せるの。みんなで一緒にご飯食べたり、笑い合ったり、海を見に行ったり………… こんなに素敵な思い出がいっぱいあるから、私達は天国へ行ってもきっと大丈夫だよ……それは、ユリ姉ぇも同じでしょ?』

 「…………うん。」

 ユリアが涙を流しながら何度も、何度も頷いた。

 胸の内から沢山の感情が溢れ出し、抱え切れず、留められず、少女の心は張り裂けそうに痛む。

 今、死んでしまった最愛の仲間達にどんな言葉を掛ければ良いか、言いたいことは心に雪のように降り積もるが、その内1つを選び取った。――――――――それは、一番大事な言葉だった。

 「わたしも…………しあわせだった…………みんなと過ごせた時間…………すごく幸せだったよぉ…………」

 『うん……それなら、それがあればもう……私達がいなくても、平気だよね……。』

 ユリアは膝を付き、ニーナに抱きつくように縋(すが)った。

 しかし無慈悲にも、彼女の腕はニーナの残滓をすり抜け、触れることは叶わなかった。

 ――――――それでも、ニーナは本当に触れているかのように、ユリアを抱き締めた。

 「ニーナぁ……」

 『大丈夫だよ。ユリ姉ぇ達のことは、この空からいつまでも見守ってるから……幸せであって欲しい……そう祈ってるから…………それじゃ、いくね…………』

 ユリアを含め、この場にいる誰もが双眸から滴を流してた。

 夢とは儚く、醒めるものだ。そこには理想と虚像とが相まって存在し、人々を様々な幻影で魅せる。

 儚い幻影、儚い夢。そうであったならば、時間とともに風化し、いつかは生者の記憶からは消えてゆくだろう。

 しかし、この場の全ては現実だ。悲しくとも、辛くとも、これは確かに実感を持つ現実だ。―――――そう簡単に忘れ去られることはない。

 故に、死者との対話という奇跡を起こした霊体の神秘は、この場の者達の中に永遠と残り続け、この先何十年と、一生忘れ去られることは無いだろう。

 『『今まで、とても楽しかった…………救ってくれて、ありがとう…………』』

 「私もッ!頼りないリーダーだったけど、慕ってくれて、支えてくれて……ありがとう……みんなぁ…………ッ!」

 伝え足りない、吐き出し切れない想いは、最後の一言に全て織り込んだ。

 ―――――――――時刻は04時00分。

 ギルドの家族達は太陽のような満面の笑顔を浮かべ、全てを噛み締め、受け入れ――――――

 ――――――――――――ユリア、大好きだよ…………ありがとう。

 周囲に日光を遮る山々が存在しない為か、早朝に木漏れ日から差し込む明るい日差しが『GunSlinger-ガンスリンガー-』の面々を祝福し、空へと誘(いざな)って逝った。

 多くの霊体が消費され、負担領域としての機能が徐々に弱り始めているせいか、クルス霊森の中に蒼い鳥が棲み着き、声高く鳴き声を上げていた。

 幾許かの余韻を経て、

 「――――――ユリア、そろそろ……」

 クレイズは銀髪の少女の肩に手を置き、出発の合図を静かに告げた。

 ユリアはコクリと頷き、紅髪の少女の後に続いて地面を踏み締め、力強く、歩き出した。

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