自作小説

【第1部第1章29節】Crisis Chronicles

  ――ズキズキと、腹部が痛む。

  喉元にせり上がって来た血液を、地面へと吐き捨てる。

  鳩尾に衝撃を受け、吐き気が頭の中を駆け巡るが、それを何とか堪える。

  頭が朦朧とする。思考力は低下し、ただ痛みと吐き気だけがぐるぐると周回しながら脳内に居座っていた。

  その場に倒れたままでは危険だと、何かが警告音を鳴らす。

  ぐらぐらと搖れる視界。それでも、何か、忘れてはいけないコトの為に腕に力を入れた。

  右の握りこぶしを、開いて、閉じて、開いて、閉じて。

  うつ伏せで倒れ込んでいるため、片側の頬が地面に触れて冷たい。

  ようやく、色々なことを思い出してきた。

  「――私。一撃喰らったくらいで……情けないなぁ……」

  ――何事も無く勝てると、そう信じていた。

  自分の右手には、奇跡の力があると――それならばどんな悲劇も終わらせられると、疑うことはなかった。

  この数年間、研がれることも、使われることもなかった三振り。今日を除けば、最後に使ったのは、七年前に一度きり。

  今までの時間が幸せ過ぎたから、使いどきを見失い、その存在すらも忘れかけていた自らの魔法。

  そんなモノをいつでも自由自在に使えると考えていた私は、愚かだった。

  一度目は無我夢中だった。二度目は信じていた。――しかし、三度目には頼り過ぎた。

  脳内に生まれた、一握りの慢心。

  その一瞬の隙を突かれ、現状はこれ程にまで酷い有様だ。

  これがあの大鎌に依る一撃なら、自分は確実に死んでいただろう。

  ――こんな事で、よくあんな約束を結べたものね……。

  旅の開始からこんな事では、愛しい妹を連れ戻すことなど出来はしない。

  悔しさを胸に刻み付け、反省点を踏襲し、自分の為にすべきこと、大切なことを心に刻み付ける。

  ――もう一度、気合入れ直さなきゃ……。

  クレイズは近くの木にもたれながら、自分の体を立て直した。

  一度、二度、深呼吸をして体のリズムを整え、脳に酸素を充填させる。      

  『今度こそ、絶対に油断はしない。確実に懐に潜り込み、この一撃で勝負を決める』

  クレイズは両手で自らの両頬を叩くと、その麗石のような瞳を澄ました。

  広場に残っていた人骨兵達は氷に包まれた仲間を、ガリガリと救い出そうとしていた。

  しかし、小戦場の中にユリアと骸骨公の姿を見つけることは出来ない。

  ――まさか、ユリア一人で……!?

  クレイズは傍らの木に刺さっていた振動剣を抜き、広場を突っ切り、彼女の元へと駆けた。

  ザッ、ザッと砂の擦過音を撒き散らしながら、一人と一体は狭い木々の間を抜けてゆく。

  鋭い跳躍を繰り返しながら銀髪の少女の背中を追うのは、背中から四本の鎖を伸ばした骸骨兵の長。

  まるで狩人が得物を追い詰めるように、徐々に2つの影は重なろうとしていた。

  『速いッ……けど、このまま森の外まで誘導して……追い出せれば……』

  広場の外周沿いを反時計回りに走っていたユリアが、右側へと進路を変える。

  ――しかし、

  そのまま20メートル程を過ぎた後、骸骨公が彼女を追いかけることはなかった。

  振り向いたユリアは唖然とし、その足を止めた。

  「――へッ!?何で……?」

  霊体の蒐集、安定化の核たる役目を担っていた神木が倒されたことにより、周囲の霊体濃度が少しずつ低下している。

  何れはこの霊森もその特異性を失い、この世界に普遍的に存在する森へと成り果てるだろう。

  霊体に思考能力を侵された今、少しでも自身を延命させることが骸骨公の存在意義、唯一の本能だ。

  骸骨公の不安定な体組織が瓦解するのが先だろうと、この森の霊体が尽きるのが先だろうと、するべきことに変わりは無い。

  加えて目の前の逃げる敵を追って仕留めても、頭(かぶり)を振って損傷を与えた個体を仕留めても、得られる霊体の総量はどちらにせよ人間一人分。ならば、ここで危険を犯す手はない。

  故に、骸骨公は自らの霊体強度を減じさせる場所へ赴くことはない。

  目の前の銀髪の人間が遁走を続けるのも良し、仲間を見捨てられず向かって来るも良し、ただ今は相手の出方を待つのみ。

  ユリアは骸骨公の意図を悟ったのか、敵に向かい、一歩を踏み出した。
   
  「――なるほど、あくまでも私のペースには乗ってくれないってことね。――なら、良いわよ。そっちの土俵で相手してあげる。」

  地面に降り立ち、待ち構える骸骨公へと、静かに歩を進める。

  しかし、その川の流れのような悠々とした行進とは裏腹に彼女の内の魂は激しい炎に包まれていた。

  この狭い空間。大柄の骸骨公は私よりも動き難い筈。障害物なら掃いて捨てるほど周辺に氾濫している。

  対魔装甲を持つ化け物と魔弾使いの少女。一対一で互いの命を刈り取り合えばどちらが分が悪いかは先ほどの戦闘からも明白。

  しかし、ここにクレイズはいない。此方で逃げれば化け物は彼女を急襲するだろう。そんな事は絶対にさせてはならない。

  恩人だから、憧れだから、大切な仲間だから――クレイズ・ハートレッドを、殺らせるわけにはいかない。

  加えてこれはユリアにとって絶望的な状況であると同時に、自分のみの力で骸骨公に一矢報いる為の好機でも在る。

  ――ならば、自分がこの場で為すべき事はたった一つだけ。

  「――仲間の仇、今こそ取らせて貰うからッ!」

  その言葉を皮切りに、ユリアは踏み締めた地面を後方へ蹴散らし、加速した。

  足場の不都合など気にならない。この一瞬一瞬に考え出した戦略を叶える為だけに、必要最低限の動きを最高速度で行使する。

  「グオオオオオオォォォォォォォ!」

  大鎌を構え、骸骨公の雄叫びが周囲の空間を揺らし、強襲者を迎え撃つ。

  10メートル以上は隔てられていた両者の距離は、ユリアの疾走により潰れては消える。
  
  高速で畝る四本の鎖。その刺突がユリアを捉える――しかし、

  「魔弾装填――振動弾(シェクト・バレッド――リロード)」

  地面に放たれた3発の魔弾が地面を爆砕し、上方へ飛び散った礫(つぶて)が骸骨公から伸びた鎖へと衝突し、その進行方向を微かに逸(そ)らす。

  画して、鎖がユリアの代わりに捉えたのは後方の大木の幹。

  これらを引き抜くには一度鎖を霊体に戻さねばならない。しかし、当のユリアは既に標的の直前へと迫っていた。

  だが、目の前の人間が何をしても無駄だということは骸骨公自身、理解していた。

  魔法で在ろうと銃弾で在ろうと、己の周囲の霊体壁が全てを弾く。加え、例え懐に入られたとしても高濃度の霊体の塊である霊体壁に触れれば無事では済まないことも――。

  それ故に骸骨公は大鎌を水平に構え、ユリアの出方を伺った。しかし、

  「魔弾装填――風斬弾(ウィンド・バレッド――リロード)」

  五大元素である風の魔弾を装填し、大鎌が水平に薙ぎ払われる直前で総身を反らし後方へ跳んだ。

  空を斬る黒色の凶器。その大質量の得物を振りかぶり、四本の鎖を大木へと突き刺した状態では、幾ら骸骨公といえど瞬時の回避行動には移れなかった。

  瞬間、二発の魔弾が銃口から放たれ、骸骨公の両脇の大木の幹を断ち切った。

  ズザザザァと、外套を羽織った骨の魔物へと倒れ堕ちる二本の大木。

  けたたましい衝突音が轟き、骸骨公が瞬時に形成した霊体壁が上方に集まり、大木の重圧と拮抗する。

  ――今だッ!この好機を待ってた!

  「――これでも、喰らえぇぇェェェェッ!」

  ユリアは骸骨公を霊森の外へと吹き飛ばすために持って来ていた2つの内、片方の指向性魔導式爆弾――Deringer-Mark6を取り出し、前方へ投擲した。

  百面体の楕円形をしたその爆弾は、爆発直前に面の幾つかを開き、一方向へ運動量を制限することにより狭い範囲に凄まじい被害を齎(もたら)すための兵器だ。

  これは大規模な爆発を発生させるため集団戦闘には決して向かないが、ギルド統括機関の規則により自決用に各ギルド毎に二つの所持が義務付けられていた。

  起動式である魔法陣は内部に存在する多重プロテクトを掛けられた電磁パネルによって描かれ、外側からの阻害因子の殆どを無効化する。

  その為、霊体が爆発までに魔法陣に取り付く可能性は皆無に等しい。

  投擲した爆弾が起動するまでに、ユリアは近辺の大木へ身を隠そうと瞬時に移動する。

  ――よし、耐衝撃魔法壁を展開した魔導四輪(カーチェス)を六台は破壊できる威力よ……さぁ、粉々になりなさい!

  大樹の幹の影に自身を押し込め、両耳を両手で抑え、襲い来るであろう衝撃に備える。

  投擲から2秒後、凄まじい爆発音が辺りを覆い尽くし、砂嵐が骸骨公に向けて巻き起こった。

  周囲の木々の葉は吹き飛ばされ、一方向の大木は根こそぎ引き抜かれ、一瞬で炭化する。

  幾許かの間を置き、大木の後背から爆心地へと歩み寄ったユリア。その手には魔導式拳銃KT-55が握られている。

  それを土煙と焦げ臭い異臭を放つ場所へ向けつつ前進。周辺の地面は灼け、ブシュブシュと奇怪な音を立てていた。

  ――どう?欠片も残らないでしょうけど……――きゃっ!?

  砂埃の中から、何かが広場の方を向いて跳躍した。
     
  その脚力が生み出した風は周囲の砂埃を吹き飛ばし、爆発の結果を顕にした。

  「うそ……でしょ……?」

  その痕跡を見たユリアは驚愕に言葉を失う。

  それは――1つの頭と数本の手足。

  同じ形状の脚部が三本残っているということは、三体の白骨狼がこの場所にいた事を示していた。

  その骨の断面は焼け付き、分解気化途中だった。炭化によってその状態で固定されている

  ――爆発直前に、仕留め損なった……逃げたと思っていた白骨狼が骸骨公の前に飛び込んで盾になったの……?

  もし、自らを楯とし衝撃を減らし、剰(あまつさ)えその残骸から放出された霊体霧によって骸骨公の不足分の霊体壁を補填したのだとしたら……ヤツはまだ存在している。

  そして先程跳躍したナニカは中広場へと向かった。だとすれば――クレイズが危ないッ!

  ユリアは逸早く小戦場へと駆けた。

  ――何!?あの爆発音?

  数秒前に、消して遠くない距離から到来した衝撃にクレイズは不安を積もらせる。

  ――早く、もっと早く!ユリアの所へッ!

  その時、ヒュオッと風を切る音と共にユリアの左方10メートル付近に何か黒い物体が飛来した。

  それは――焼け焦げた骸骨公だった。

  骨の表面が黒く燃焼し、外套も所々が焼け、損傷し、ボロボロだった。

  動きも先程までと比べ酷く覚束ない。一目でそれは弱り切っていると分かる。

  「グオオオオオオォォォォォォォ!」

  しかし、ソレは着地後直ぐに甲高い雄叫びを放った。

  直後に何処からとも無くガラガラと残存総数である15体の人骨兵が奔り、骸骨公に群がった。

  次いで聞こえて来たのはガリッガリッという耳に残る不快な音。

  クレイズはいきなり起こった一連の出来事に虚を突かれ、動くことが出来ないでいた。

  十数体の骸骨が中心の長を取り囲み、何が起こっているのか理解できない。

  ここで奥の手を放ったとして、幾つもの障害物に阻まれて奴にとどめを刺すことは出来ないだろう。

  「え……!?」

  骨の群れの中心から伸びた大柄の手が、外側の個体の頭を掴み、その群れの中心部に引き摺り込んだ。

  それによって穿たれた隙間からクレイズはその群れの中を垣間見た。

  ――うそ……でしょ……?

  その行為に吐き気を覚える。

  この異形な生物同士の間にこのような相互関係が生まれていたなんて……考えたくなかった。気付きたくなかった。

  畏怖と恐怖が喉元を迫り上がる。クレイズは跪き、両手で口元を押さえた。

  ――見たくない……見たくないよ……こんなの……。

  バキッ、バキッ、グチャッ、グチャリッ

  それらの音が意味するもの即ち――共喰い。

  骸骨公は仲間の人骨兵を破壊することにより、そこから発せられた高濃度の霊体を取り込むことによって己の存在を回復させていった。

  「クレイズーーーーッ!」

  遠くから呼び掛けられる自分の名前。

  ユリアはクレイズの後に人骨の群れを発見して不快の色を顔に宿らせる。

  そのままソレ等を無視し、崩れるクレイズの元へと辿り着き、彼女の背中へと手を回した。

  「クレイズ……大丈夫?……もしかしてとは思ってたけど、あいつ等、種の存続を優先させるために上位個体を助けようとしてる……自分の体を差し出してまで……」

  深呼吸を繰り返し、クレイズは心の奥底から自らを手繰り寄せる。

  「私は仕事でこんな悲惨なこともある程度見慣れてるけど……貴女はそうじゃないみたいね……。今は呼吸を整えて……今度は、私が貴女を守るから」

  そんなユリアに、クレイズは頭を左右に振り、拒否の意志を示す。

  「私も……やれるわ……。こんなの……すぐに慣れるから……それに……ユリアには……あいつ等は相性が悪過ぎでしょ……?」

  額に汗を浮かべながら、クレイズは何とか平然を保ち。その両足で立ち上がった。紅髪の少女は続けて言う。

  「骨の狼の見た目にも、最初は驚いたよ……でも、すぐに慣れるから。そうでなくちゃ……助けられない……約束、したのに……」

  「クレイズ……」

  ユリアは心配にユリアを見つめるも、思い直し、強く頷いた。

  「ええ、今度こそ闘いましょう……一緒にッ!」

  揃って立つ二人は前方へ目を向ける。

  既に、不快な音は鳴り止んでいた。

  残った10体の人骨兵は骸骨公の前を開け、クレイズとユリア、そして骸骨公の視線は交差する。

  「敵も残りは数少ない……もう、これで決着を付けるわよ……」

-自作小説