――――――カァンッ!
甲高い、金属の打ち合う音が周囲に反響する。
「ハァ……はぁ……大丈夫?……ユリア……」
閃光のような速度で現れたクレイズは骸骨公の大鎌を何とか弾く。
掴まれれば簡単に折れてしまいそうな少女の細腕であの運動量をどう弾いたのかは不明だが、結果として、彼女は戦友を守り抜いた。
薄目を開くと、目の前には紅髪の少女が骸骨公と正面から睨み合っていた。
―――――――ビビ……ビィ……ビリッ……
彼女の手に持っている振動剣は刃面が点滅しており、魔力切れが近いことを示していた。
―――――何故?……本来なら手中から振動剣への魔力供給は容易に行えるはず……見たところクレイズには目立った外傷もないし、そんなことは瞬時に行えるはずなのに……。
「ユリア?」
「え……えぇ、ありがとう、クレイズ」
少し顔を後方のユリアの方へ向けて、クレイズは微笑みを見せる。
「それより、まだ6体後ろに残してきちゃった……ごめん」
「ううん、気にしないで、本当に……助かったわ。」
ユリアは立ち上がり、後方から疾駆してくる人骨兵達の足音を聞いた。
依然、クレイズと骸骨公との睨み合いは続いている。
両者とも、一切隙のない体勢を維持している。その為、この停滞を砕くものがあるとすれば……それは後方の人骨兵の到着だろう。
こと骸骨公との戦闘において、クレイズはユリア以上に善戦するだろう。しかし、今の彼女の装備では心許ない。
程無くして、残った人骨兵が到着した。
背中合わせのユリアとクレイズ。
ユリアが人骨兵。クレイズが骸骨公と戦うことは言うまでもなく既に決定事項だった。―――――しかし、
「グオオオオオオォォォォォォォオオオオオォォォォォォォォッ!」
6体の人骨兵がユリアに跳びかかる寸前で、骸骨公の雄叫びが鳴り響いた。
気圧された人骨兵たちは二人から距離を取り、骸骨公の遙か後方、小戦場の外輪に待機した。
どうやら骸骨公は目の前の人間を自分自身の力のみで屠りたいようだ。
クレイズも察したのか、ユリアに声を掛ける。
「ユリア……行こう、二人でコイツを斃そう……!」
ユリアは頷き、クレイズの手中の振動剣の柄に触れ魔力を補填した後、魔導式拳銃にプロトバレットを装填した。
数秒間の睨み合いの末、先に動いたのは骸骨公だった。
「グオオオオォォォォォォォォォォォォォッ!」
ジャラリと背部から伸びる4本の鎖の刺突が二人を襲う。
「魔弾装填――――凍結弾(フリーズバレッド――――――リロード)」
クレイズは左方、ユリアは後方へ跳躍してこれを躱し、三発、蒼の魔弾を放った。
狙うは――――鎖が刺さった瞬間の地面。
ユリアが放った蒼の軌跡は鎖の先端を捉え、その内一本を地面に縫い付けた。
クレイズは地面を蹴り、自由を失った鎖を一閃した。
鋭い音とともに、一本の鎖が宙を舞う。
「クレイズ!避け――――」
『――――やった、次は…………こいつッ!疾いッ!?』
断たれた鎖を一切顧みること無く、瞬時に骸骨公はクレイズの懐へ入っていた。そのまま、硬質な脚部で鳩尾(みぞおち)を蹴り飛ばされる。
「――――――かはッ!?」
鈍い音が鳴り響き、クレイズは遙か後方へと吹き飛ばされた。骸骨公は一瞬も悦に浸ること無く、ユリアへと迫る。
『何としても、これは避けないと……』
第一工程魔法(シングルアクション)を両足に発現し、側方へと避ける。
『これで距離が開けたら……なっ!?』
先ほどの一本を再生させた計4本の鎖を地面に突き刺し、骸骨公は自身に急停止を掛け、その運動量を生かして上空に跳躍した。
骸骨公はそのまま上空で大鎌を現出させ、重力加速度に身を任せながらユリアに振りかぶる。
ズシャアアアアアと、凄まじい擦過音と砂が周囲に撒き散らされる。
ユリアは瞬時の判断で前転で回避―――――しかし、これ程に迄に激しい連続攻撃を仕掛けられたのでは、例え回避に徹したとしてもそう長くは保たない。
―――――次いで振りかぶられる大鎌。
数本の頭髪を犠牲に、紙一重で躱し、ユリアは広場外輪の密林地帯へと飛び込んだ。
「グオオオオオオォォォォォォォッ!」
至る所に生い茂る大木を障害物として、骸骨公の死線を潜り抜ける。
断ち切られた大木は、例外なく重々しい切断音を響かせながら次々と倒壊していく。
避けては躱し、逃避行を続けているうち―――――不意に、ユリアの周囲の音が止んだ。
「……音が……止んだ……?」
この静寂が、ユリアの警戒体勢を1ランク上へと引き上げる。
こうなると、いつどこから奇襲が来てもおかしくはない。
「やっぱり、森へ逃げ込んだのは悪手だったわね……」
ユリアは目を閉じ、森中の微かな音にも耳を傾ける。
―――――奴にも、奇襲直前の予備動作、それが孕む余剰の擦過音くらいあるはず……。
依然として静寂を保ったままの周辺。
周囲360度からの攻撃を予測し、その心は恐怖に震える。
『集中よ……集中……集中……。』
クレイズとユリアしか居ないこの森の中で、動くものがあるとすれば、それは敵に違いない。
――――でも、もし、クレイズだったら……。
人間は雑踏より、完全な静寂より、微量の音という刺激がある方が集中力は高まる。しかし、辺りからそんな刺激は微塵も漏れてはこない。
―――――――――――――――――――――――――――。
一体、どれほどの時間が経過したのか……不安、後悔、雑念、畏怖、恐怖…………乱れる心は、限界に近付いていた。
――――――来るなら、勿体振らずに早く来なさい!
焦りが脳内をかき乱す。冷静な思考はとうに失われ、危険か安全かの判断すら間もなく失われようとしていた。
――――――――――――――――――――――ポタリ。
それは上方の木の葉から落下した一滴の水だった。
ユリアの真下にあった水溜りに滴は落ち、数回波紋を広げる。
そんな何気ない、ただ湿度と重力により引き起こされた現象をユリアは目で追い、視界は眼下の水溜りに吸い込まれた。
幸か不幸か、その水溜りには白い物体が映っていた。
それはゆっくりと動いていた……硬質そうなソレは、手にギラつく凶器を携えていた。
そこで、ようやくユリアはそれが骸骨公であることに気付いた。
――――――――ッ!?
ユリアが駆け出すのと骸骨公が大木の上部から強襲してくるのは同時だった。
「グオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!」
「きゃああぁぁぁッ!」
一寸という距離を隔て、大鎌はユリアの体には届かず、悲鳴を上げたユリアは再度走りだした。
骸骨公は着地から瞬時に大勢を立て直し、ユリアを執拗に追い続ける。
大木を避けながら蛇行するユリアに、骸骨公は樹の幹に鎖を刺し、木から木へ飛び移りつつ風を切り高速で追跡した。
ユリアは迫ってくる骸骨公を横目に見やり、今一度崩れた思考回路を再構築させた。
『……何か……何かいい方法は……』
敵の懐に入れば、霊体壁に触れ、並の者なら瞬時に意識を奪われてしまう。しかし遠距離から攻撃しても魔弾は霊体壁と霊体膜に弾かれてしまう。
では、自身に残された手立てはあるのか……。奮闘も虚しく、暗中でのデッドレースは再開された。