自作小説

【第1部第1章25節】Crisis Chronicles

 二人は勢い良く大木の影から広場へと躍り出た。

 繁茂した草と共に地面に散乱する砂利を踏み、蹴り飛ばし加速した。

 散在する小石や砂利は等しく丸みを帯びており、この場が嘗て、浅い水辺だったことを意味していた。

 眼前には予想通り敵の集団。今回はクレイズたちを囲む配置ではなく、前方の骸骨公の周囲に護衛の如く佇んでいる。

 残り5匹となった白骨狼(スカルハウンド)は骸骨公の前方に、40体程の人骨の集団は左右後方に固まっている。

 ユリアは大口径の魔導式拳銃――――KT-55と側面に彫られた黒塗りのソレを腰のホルスターから引き抜いた。

 実弾の最大装填数は11発。本来、総重量は1537gだが内部に取り付けられた反重力マテリアルにより実際はその約半分に抑えられている。

 凄まじい銃弾発射時の衝撃はグリップ側面に描かれた魔法陣に魔力を通すことよって97.6%がカットされる。

 ユリアが現在装填しているのはプロトバレッドと呼ばれる銃弾だ。銃弾の側面に13種類もの魔法陣が細かく刻まれており、魔力を込めればその魔力性質によってその効果を変質させることが可能である。

 ユリアの魔力系統適正グラフは中度バランス型である。それ故にほとんどの魔法系統を扱うことができるが、個々の属性の高等魔法は扱うことが出来ない。

 つまり、中級クラスまでなら全ての系統の魔法が使えるが、それよりも上のクラスの、より系統純度の高い魔力が必要となる魔法は扱えないということを示していた。

 大抵の魔法使いの場合、ある属性には得手で、またある属性には不得手というように得意不得意があり、自分に合った系統の魔法の習得に努め、その分野の魔法を中心にを極めていくこととなる。

 故にユリアの魔力系統適性値は平均的でとても珍しい部類に位置する。

 ユリアが骸骨公に初弾を放とうとした直前、骸骨公の前面に位置していた白骨狼達が骸骨公の雄叫びとともに地面を蹴り、急速に突撃してきた。

 目標を戦闘の狼に変え、蒼色の魔弾を双眸に放ち、頭部を凍らせる。

 しかし向かってくる敵の数は残り4匹。近接戦闘となると明らかにこちらが不利だ。

 それを承知しているクレイズはユリアの前に出て、鞘ごと振動剣を前面に構え、瞬時に抜刀。

 2つの影が交差し、金属がかち合う音が響く。

 直線的な火花が散り、狼の体はその運動量を伴ったまま二人の右側を通過する。

 バターのように白骨狼は2つに分かれ、木に衝突して停止した。

 眼前のクレイズから危険信号を感じ取ったのか、残り3匹が即座に飛び退き、距離を取る。

 牽制の意を込め、グルルと唸る狼達。

 しかし両者が睨み合いを続けている時間はそう長いものではなかった。

 「チッ、ただの時間稼ぎだったのね……」

 白骨狼は3匹とも広場の外周へと駆けていった。

 5匹のスカルハウンドをクレイズ達に充てがい、稼いだのは陣形形成の時間。

 先程まで骸骨公の周囲を囲っていた人骨兵達は、戦場の外周を囲み円状にクレイズ囲んでいた。最早獲物を逃すつもりは無いということらしい。

 人骨達は各々、斧やナイフなどの刃物を装備していた。重火器を所持している個体が居ないことから、知能はあまり高くないことを察する。

 「―――ユリア、行ける?」

 これから始まる仲間達への弔いの為に、己の仲間の残影を消し去ることが出来るか、クレイズは傍らの少女に問う。

 骸骨公の左方傍ら、腕に赤いボロボロのバンダナを付けた人骨がユリアの視界の中心を侵す。

 ――――スフィル。今、お姉ちゃんが助けるからね……。

 ユリアはゆっくりと、しかし確実に頷いた。

 「言ったでしょ?……あの子達に謝って、解放してあげたいって……」

 ユリアが己の肢体に、己の信念に、仲間の残滓を葬り去る為の覚悟を込める。

 此処に在るのは、死者が生者を殺し、ただ際限なく死人を増殖させる―――そんな悲しい不文律だけだから…………だから私は―――――――――

 「―――――だから私は、一秒でも早くこの死の連鎖を断ち切ってみせるッ!」
   

 その言葉を皮切りに、この森での最後になるであろう戦闘が開始した。

 『ウ゛オオオオォォォォォォォォォッ!』

 周囲の人骨の軍隊が土埃を上げながら奇声を発し、中央に佇む二人の少女に向かって駆ける――――。

 「魔弾装填―――振動弾(シェクト・バレッド―――リロード)」

 ユリアが土を蹴り、骸骨公正面付近から迫る人骨の双眸の穴を魔弾で撃ち抜く。

 ガキンッと、頭部を粉々に砕かれた人骨兵(コープス)は膝を突き、白塵の霊体を周囲に撒き散らす。

 ユリアの眼前には――――敵の手中に堕ちた愛弟と三体の人骨兵――――。

 左右からの横槍を避けるため、彼女は魔導式拳銃を一度膝のホルスターに納め、両手で3つずつエレメント・グレネーダ掴み、両側面へと投擲した。

 直後、氷が割れるような爆音とともに、眼前の四体の正面へと、ユリアは飛び込んだ――――。

 ――――2つの影が重なる。

 ――――――――凶器を振り抜いた骨の腕。

 ユリアは第一行程魔法(シングルアクション)を両足に付加し、横薙ぎの一撃を姿勢を低くして躱す――――。

 腕に込めた運動量を殺し切れず、初撃を繰り出した人骨兵は即座にユリアの行動に対応することはできない――――

 『――――二体目ッ!』

 ユリアは体を伸ばすと同時に右足の裏を垂直に蹴り上げ、人骨兵の下顎を粉砕した。

 宙に蹴り上げた人骨兵もそのままに、ユリアは右脚を再び屈伸させ、頭部が吹き飛んだ人骨を水平に蹴り飛ばした。

 吹き飛ばされた人骨兵を正面から受け、後方にいた人骨兵も数メートル吹き飛ばされる。

 ―――――――クッ!邪魔なのがもう一体……!

 この戦闘に紛れ、ユリアの右方から斧を水平に構えた人骨兵が砂埃の中から現れた。――――先ほど吹き飛ばした人骨を回避した個体だ。

 得物を水平に振りかぶり、人骨兵は自らの勝利を確信する。

 これで終わりだと、そう言うように人骨兵は頭蓋をカラカラと鳴らした。

 「―――――でも、甘いッ!」

 握った魔導式拳銃のグリップの裏を使い、振り抜かれかけている斧の持ち手――――人骨兵の指を砕いた。

 骨手の握力から開放された斧は旋回しながら、空気を分断する鈍い音を立ててユリアの後方へ飛び去る。

 目の前の人骨の笑みは消え、処刑を宣告された死刑囚のように硬直する。

 ――――バキンッ

 その眼前へ魔導式拳銃を突き付け、直後、一発の銃声が鳴り響いた。

 白霧を撒き散らしながら倒れゆく人骨兵を尻目に、先ほど人骨を衝突させ転倒させた人骨兵へ詰め寄り、首元を足で地面に押し付けながら頭部を魔弾で撃ち抜く。

 邪魔者の処理は速やかに行われ、ユリアは距離を置いていたスフィルを原型とする人骨兵へと振り向いた。

 「―――スフィル。少し痛いかもしれないけど、我慢してね……」

 ユリアは銃口を人骨兵へ向ける。  真っ直ぐに、人骨兵は眼球を失った双眸を目の前の少女へ向け、微動だにすることはなかった。

 スフィルの残影は、眼前の死を受け入れるようにただ立ち尽くし、両者の間に乾いた風が流れ込んだ。

 ―――――姉さん……俺を……みんなを……開放してくれ…………。

 正面の人骨からは生前の弟の残滓が感じ取れた。

 今目の前にいるのは、紛れも無い愛弟。

 少女の目から一滴の涙が溢れ出した。

 これからだった……私達のギルドは―――家族はこれからだったはずなのに…………。

 一瞬で全て奪われてしまった…………。

 ギルドの仲間達と過ごして培ってきた思い出が走馬灯のように頭の中に浮かんでは消える。

 一人ひとりとの出会いの記憶は、優しくユリアの胸に募る。      

 「何で……何でこんなことに……もっと、もっとみんなと過ごしたかったよぅ…………」

 しかし、目の前の現実から目を背けてはいけない。

 ここで逃げてしまったら、ここまで自分を愛してくれた、守ってくれた家族に合わせる顔がなくなってしまうから…………。

 ギリッと、奥歯を噛んで、ユリアは引き金に触れる人差し指に力を込める。

 ―――――――――――…………バンッ

 ゆっくりと引き金は引かれ、悲しげな銃声とともに愛弟の残滓は在るべき場所へと開放された。

 ――――――ありがとう。姉さんなら……できるよ。みんなも……助けてやって…………。

 ユリアはそんなことを笑顔で言う、弟の声が聴こえた気がした―――――。

 再び溢れようとする涙を、今はギュッと堪える。

 そして次に目を開けた時、少女の瞳にはとても真っ直ぐな、強い覚悟が込められていた。

 目の前には大仰に佇む骸骨公。

 後方には十数匹の人骨を相手にするクレイズ。

 ユリアはプロトバレッドを弾倉へ再装填し、骸骨公へと駆けた。

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