自作小説

【第1部第1章21節】Crisis Chronicles

 ――――――――――画して、道は拓かれた。

 ここに来て、初めて自分は仲間の役に立てた。その事実が、ユリアの背中を少し、しかし力強く押す。

 「クレイズ!今よ、今度こそ疾走って!」

 クレイズは微笑を頬に含み、待ってましたと言わんばかりに地面を蹴り、急速な方向変換で残敵を置き去りにした。

 「ようやく一時撤退ね。」

 二人は疾風の様に並走し、砂上を駆けた。

 しかし簡単に追い詰めていた獲物を敵が逃がす筈もなく、白骨の狼15匹と骸骨公は執拗に追ってきた。

 矢張り、体力という概念が存在しない骸骨集団と競争するのは生身の人間なら相応のハンデが伴う。

 魔法の助力無しで普通の人間が全力を出せるのは多めに見積もっても7秒前後が限界だ。

 いくら不意を突いたとはいえ、狼と人間の走るスピードには悲しいほどに差がある。

 走り出して3分が経過した今、狩りを行うように、狼の集団は左右に加え後方から並走している。

 骸骨公も高速の鉄の塊のように後ろから必殺の好機を伺っている。

 ―――――来た!

 左右の狼達が鋭利な歯を剥き出しに飛び掛かった。

 それをユリアはヴィブロ・メッサーで断ち、クレイズは避け、蹴り飛ばす。

 倒さなくてもいい。逃げ切れさえすれば。

 ―――――あと6分。

 今度は骸骨公が自ら加速して二人を狙う。硬質な足に蹴られた地面が爆発するように後方へ跳ね上げられていった。

 骸骨公は爆走しながら、並走する二人に大鎌を薙ぐ。

 ―――――これだけには、絶対に当たってはならない。例え掠っただけでも、体の一部を問答無用で持って行かれるのは容易に想像が付く。

 クレイズは足を狩り取りに来た大鎌(デスサイズ)を跳んで避け、敵を完全に無視し、即座に出口に向かって再加速した。

 ジャラリと、骸骨公の外套の懐から刃物が先端に装備された鎖が突出した。

 重力に逆らい、鎖に付いた刃物が鎌首をもたげているところを見ると、魔法文化由来の既存の武器ではない。

 鎖の長さは目測5メートル強といったところか。

 この長さなら、何とか回避出来そうだ、とそれを横目に見ながら脳内で思考する二人。

 ――――ッ!?

 シュバッと不意に鎖が加速してクレイズを貫こうと襲い掛かってくる。

 『大丈夫。その攻撃はまだ、届かないはず……』

 しかし、その認識は最悪の形で裏切られることとなった。

 骸骨公の後背部から更に鎖が延長され、鎖の長さが伸びたのだ。鎖は際限なく硬質な背から溢れ出し、クレイズとの彼我の距離など、途端に零に縮められる。

 ―――――なっ、避けられ……ないッ!?

 高速で襲撃してきた黒くギラついた刃物は、クレイズの背中を容易く貫く――――――筈だった。

 ガキンッと、クレイズが刃物に貫かれる前に両者の間に氷の壁が出現した。

 ユリアが投擲した最後の手榴弾(エレメント・グレネーダ)だった。

 「クレイズ!これは貸しだからね!」

 ユリアはまるで何年来の親友のように、片方の瞳を閉じてクレイズにウインクした。

 「ありがと、助かったわ!」

 互いに微笑みあった後、二人はまた、再び出口へと蛇行しながら突き進む。

 まだ出口までは距離がある。命を保ったまま、どうにか持ち堪えられるか……。

 ――――ッ!

 骸骨公は氷壁に嵌(はま)った鎖を一度霧化させ、引き抜いた。

 金属が気化したことに、二人は信じられないとでも言うように目を見張った。

 しかし、今は気にしてはいられない。そんなことは、脱出してから検討すれば良い。

 ただひたすらに残り五分の道のりを、走る、奔る、ひた疾走る――――――。

 だが、約1キロに差し掛かった残り道で敵も焦ったのか、更に追い打ちは激しくなる。

 ユリアもありったけの魔力を消費し、地面を溶解、氷結、爆砕させて後続の行く手を阻む。

 しかし、残り400メートル地点ところで敵は最悪の一手を放ってきた。

 まるで居合い抜きのように、骸骨公は立ち止まり、大鎌(デスサイズ)を水平に構えた。

 後ろを振り返りながら、二人の顔に恐怖と不安の色が浮かび上がる。

 ――――――『『なにする気!?』』

 渾身の力が大鎌と言う名の鉄塊に篭められ、骸骨公に踏み締められた足元の地面が陥没する。

 必殺の威力を伴ったカタパルトと砲弾がここに完成した。

 次いで、それをまるでブーメランのようにクレイズたちに向かって投擲してきた。

 その凄まじい威力により、大気を震わせるほどの爆音が周囲の空気を震わせる。

 高速回転する大鎌。その速度たるや一瞬で時速100キロにも届くほどだ。

 今や遥か後方から放たれたソレは凄まじい勢いをその身に纏いながら、背後から二人を両断しようと滑空する。

 後方から、切断音のみが凶大な運動量を伴って二人を追いかけてくる。

 二人に行き着くまでにぶち当たった大木の幹は1本の例外もなく半ばから幹を両断し続ける。

 それでも、全くその勢いを殺すこと無く生命を刈り取る黒色の大鎌は直線的に進む。

 当然のようにクレイズは少し横に避けようとした……が、驚くことにその回転鎌はきっちり二人を両断するために空中で軌道修正してきた。

 先ほど、骸骨公は氷壁に刺さった鎖も一度霧化させていた……。

 つまり奴は自分の周囲の霊体障壁を物質化出来るのだ。

 それらに己の思念を通し、自由自在に操る。

 最早骸骨公の武器は奴の体の一部と見なした方が良いだろう。

 つまり背後からどこまでも高速で追ってくる大鎌から逃げる方法は……残念ながら皆無。

 森の外まで残道は約300メートル。狂気を孕んだ大鎌は、クレイズのすぐ1メートルのところまで来ていた。

 ユリアが何かこちらに叫んだ気がしたが、恐怖のせいでクレイズの耳には全く入ってこない。

 ―――――もはや死を覚悟するしか無い……か

 クレイズは予想される激痛、惨状を予想し、自らの双眸をギュッと閉じた。

 「ごめんね、エミリア……私、ここまでみたい…………」

 後悔してもし切れない。妹との誓い。約束。

 ―――――決して違える事のない誓いを、この胸の宙心に刻んだというのに……。

 そして無情にも、当然のように大鎌はクレイズの腹部を切り裂いて通り抜けていった…………

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