自作小説

【第1部第1章19節】Crisis Chronicles

 二人は少しの時間を消費し作戦会議を行った。

 ――――それから黙々と二人で作業を初めて8分間。

 そして、終(つい)にそれは完成した。

 「これで通用しなかったら俺達は本当にここで終わりだ。……全滅したら、今まで命をかけて俺たちを逃してくれた、守ってくれた仲間の行為が全て水の泡になるかもしれない。」

 「でも私たちは今度こそ立ち向かわなければならないわ。けして真正面からではないけど、私達のやり方で。」

 『奴は魔法を無効化する。でもあの霊体障壁に触れなければそれは起こらない。』

 『要は霊体を消し飛ばせばいいわけね。』

 『あの纏っている霊体は多分、ヤツの近辺、ある程度までなら飛ばせると思う。自分の近くで高濃度を保ったままじゃないと対魔法効果が無くなるからそう遠距離までは拡散させれないと思うけど。』

 『それじゃあこういう方法はどう?…………』

 そうやって敵を分析し尽くし、敵の行動予測を立て、二人であの骸骨公と戦うに十分な陣地を短時間で作り上げることに成功した。   

 後は、獲物が陣地に入るのを待つのみ。

 そうして大木の幹に息を潜め、気配を絶ち、13分が経過した頃――――――奴は現れた。

 オッヅの奮闘も虚しく、目立った外傷は受けていない。

 霊体障壁を身に纏い、防御も万全であると自負しているようだ。

 そんな慢心を抱えた獲物が一歩一歩、陣地の中心点にやってくる。

 ――――よし……あと三歩、二歩、一歩、今だ!

 ユリアは胸ポケットから完全に魔力不使用型の小型の閃光弾を投げた。

 その鋭い光を合図として、骸骨公の前方360度から槍のような数十発の魔法は放たれた。

 それはまるで戦場。まるで嵐。幾つもの光の槍が不浄なる骸骨の化物の肢体を貫こうとするが、しかし、その悉(ことごと)くを霊体障壁により殺傷の効果を打ち消されていく。

 二人がこの陣を作る際に行ったのは尖ったジェネレータの金属支点で周囲何十本もの大木の幹に魔法陣を大量に描くこと。

 物理的に描かれた魔法陣には魔法が通っていない。しかし一瞬でも魔力を通せば、敵の霊体障壁が反応できないほどの速さで幹に記された魔法は発現する。

 このクルス霊森は霊体濃度が異常に高い特質を持つだけで、大気中の魔力素は十分と言って良いほど普遍的に存在する。

 画して、二人がひたすらに書き綴った魔法陣は高出力の光に反応し、空気中の魔力素を吸い取り魔力へと変換し、光の矢を豪雨のように降り注いだ。

 幹に描かれた魔法陣は物理的に記されている為、魔力運用によって擦り切れるまで何度でも再利用でき、高出力の光に反応するように式を加えられていた。

 つまり、初撃の閃光弾が発した光によって魔法陣は連鎖的に反応し、周囲の魔力素を使い尽くすまでその連鎖は途切れることはない―――――半永久機関。

 しかしこれほどまで中途半端な距離で魔法を乱射していればいずれは霊体が魔法陣を喰い潰しに掛かってくることは道理である。

 予想通り、7秒間もの同じ魔法に飽きた霊体障壁は必要分の濃度を保ちながらできるだけ周囲に拡散し、木々に掘られた魔法陣に取り憑いた。

 このまま放っておけば数秒間で跡形もなく魔法陣は飢えた霊体によって喰い尽くされるだろう。

 そして、ここからが二人が築いた陣地の本領発揮でもあった。

 現在骸骨公の絶対防御を誇っていた霊体障壁はその濃度を極端に低下させ、自分勝手に魔力という餌に群がっている。

 どうやら今現在喰らいついている光の魔法がお気に召したようだ。今なら他の魔法を発動しても瞬時に無効化されることはない。

 今が最初で最後、致命的な隙。

 それを認識し、慎重に、迅速に、二人は魔法陣の端に両手を当て、全力で魔力を注ぎ込んだ。骸骨公を中心とした巨大な、地面に幾何学的に描かれた円環の魔法陣に――――。

 「「喰らえええええええええ!」」

 地面がに描かれた複雑怪奇な魔法陣。その円環の端には16ものルーンが収められており、中心点から宙(そら)へ向けて高濃度の雷の如き光が放たれた。

 周囲の砂が巻き上げられ、爆発音が周囲に充満し、まるで人工衛星カタパルトが眼前に在るかのようだ。

 もし現在、二人が大木の影に隠れていなかったら吹き荒れる砂嵐に削り尽くされ、その存在が消えていただろう。

 それから数秒間で魔力の奔流は止まり、周囲の魔力素は完全に枯渇した。森全体的に見ればプールの中心に在った水が一部、瞬時に消え失せなようなものである為、直ぐに補填される事になるのだが。

 その中心にいた骸骨はあれからどうなったのだろう……。

 上空に吹き飛ばされたか、消し炭になったか、それともあれだけの魔法を自身の霊体膜のみで防ぎ切ったのか……。

 先ほどの魔力枯渇現象の反反応により、舞い込んだ風とともに魔力が再び周囲に充填される。

 その風で周囲を覆っていた砂煙はどこかへ誘われ、霧散していった。

 そうして顕になった眼前の光景―――――そこには―――――。

 ――――――イタ。

 いた。居た。在た。有た。……イタ。俺の大切な、大切な仲間達を死の崖から突き落とした……忌々しい死に損ないのただの白骨死体の癖に!   

 どうやって先ほどの魔法の中で、霊体障壁も薄着のまま立っていられたのか……それは定かではない。

 完全に魔力障壁の援護も断ち切ってやった。不意打ちで絶対に悟られないように策を練った。耐え切れないほどの攻撃力を伴った必殺の一撃をその宙心に突き刺した。……はずなのに、はずなのに、

 はずなのに、はずなのに、ハズナノニ、ハズナノニ、ハズナノニ、ハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニハズナノニッ!   

 「うおおおおおおおオオオオオォォォォォォッ!」

 ニーナが殺された時から、摩耗したルイの精神は少しずつ霊体に蝕まれていたことに本人は最後まで気付くことはなかった。

 ―――――もう、この衝動は抑え切れない。

 なにも効かない、なにも堪えない―――そんな俺達の努力を悉く踏み躙るような奴はこの拳で殴り飛ばしてやるしかない。力任せに、破壊衝動に訴えかけるしか無い。

 ルイは直立していた骸骨公に跳びかかり、引き倒し、その上からマウントポジションをとり、その顔面を殴りつけた。

 ギシギシと、目の前の骨野郎から何か音が聞こえるが、そんなの今の俺には全く以て関係ない。

 もう霊体障壁さえも纏っていなかった骸骨公の頭部を、ルイが力任せに殴りつける。

 骸骨公は微動だにせず、ただ殴られるがままになっている。

 一撃、ニ激、三檄、四……

 「アハハハハハハハハ!ねぇ、リーダー!見てよ!こいつ、もう反撃モシテコナイゼ?」

 ――――狂っている。

 拳から血を流しながら、それでも仲間の仇を殴り続けるルイは、狂っていた。

 無抵抗な骸骨公を殴り付ける仲間。

 その行為を止めようとユリアが声をかけようとした、瞬間。

 ――――ブシャッ

 「…………かはっ!?」

 ルイは骸骨公の右手に腹部を貫かれ、その血飛沫は距離を開けていたユリアにも盛大に降り掛かった。

 「―――――――――へ?」

 ユリアは目の前で起こったことを理解できず、完全に沈黙する。

 「何だ……まだ、動けんのかよ……」

 その腹部を貫いた腕が、ルイの生命力を高速で吸収していく。

 「リーダー……おれ……ごめん……、なさい。ニーナ……いま……そっち、いくから……な」

 言い終えると、ミイラ状態も通り越したルイは、砂状になって崩れていった。

 また一人、殺した喜びを体現するようにカラカラと骸骨公が顎を鳴らす。何度も、何度も鳴らす。

 ――――――ヤバい。これは危険だ。  一連の出来事のあまりの狂気さゆえに目を瞠っているままだったユリアは、大気中の霊体を四方八方から再び呼び寄せ始めた眼前の骸骨公に撤退を迫られた。

 このままの勢いだと、あと十数分もすればまたあの霊体障壁が完全な状態で再生されるだろう。今の状態でも、最早ユリアの魔法は一滴足りとも骸骨公に届くことはない。

 『あと一息で倒せたはずなのに……何で……何でこんなことに……』

 『私だけではアイツを斃せない……今は逃げるしかない……でもいつかは絶対、必ず仕留めてみせる……』

 そう心に誓い、流れ出た涙を拭き、ユリアは骸骨公に背を向け、クルス霊森の外輪へ向けて走りだした。

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