自作小説

【第1部第1章18節】Crisis Chronicles

 ルイとニーナは軽くはない傷を負い、支え合い、森中を迷いながらも、途中で見つけた別ペアのマーカーの光点を追いながら森を出ようとしていた。

 今までの三回の戦闘で魔力も武器も医療キットもほとんどを使い果たしていた。

 次に戦闘せざるを得ない状況になった場合、生還できる見込みは五分と五分

 しかし二人の命運も尽き果てたのか、無残にも茂みの中からガサガサと擦過音が立つ。

 『やるしかないっ!』

 二人は魔動式拳銃を構え、出てくるであろう敵に向かって銃口を向けた――――――

 ―――――――しかし、

 「きゃっ!?」

 「おおっと!」

 茂みから出てきた音の主はオッヅと彼に肩を貸しているユリアのペアだった。

 本来ならば、各ペアはクルス霊森に侵入したルートから反転し脱出を試みる為絶対に逃走経路が交差する筈が無いが、どうやら途中の戦闘などのごたごたで森の中を駆け摺り回ったが為に2つのグループが奇跡的に邂逅したらしかった。

 「リ、リーダー!?」

 一旦深呼吸をして、ユリアはルイとニーナに話しかける。

 「貴方達も襲われたようね。でも、命だけは助かっているようで何よりだわ。」

 「っ!リーダーたちも襲われたようですね。奴ら、俺達の攻撃が全くと言っていいほど通用していませんでした。」   

 「ユリ姉ぇ~っ!無事でよかったよぅ!」

 途端にユリアは前面からニーナに抱き付かれた。

 ユリアはまずオッヅの腕を肩から降ろし、地面に座らせた。次いでニーナの頭をサラサラと撫でた。ルイは二人の笑顔を久しぶりに見た気がして、思わず自分も微笑んだ。

 「ニーナ……本当に……良かった……他のメンバーとの連絡手段も絶たれて……今頃どうしてるかとても不安だったの……」

 「ユリ姉ぇ……」

 一頻り互いの無事を確かめた後、四人はゆっくりとだが確実に森の外を目指して歩く。

 オッヅがルイとユリアに肩を貸されながら話し始めた。

 「奴らの魔法阻害効果……アレは体表面に高濃度の霊体を纏っているからだと思う。それに体はほとんど骨しか無いから接触面が少なくて銃弾はあまり意味を成さないな。何かいい方法があればいいんだが……」

 他の三人が頷き、ルイが新たな情報を提供する。

 「接触した瞬間に効果を発揮する凍結弾なら多少は足止めに使えたよ。俺の魔力じゃ足先を凍らせるくらいしか出来ないけど……。」

 「そっか、じゃあエレメント・グレネーダの属性を水と風系統に合わせれば使えるかもしれないわね。」

 ユリアがポケットから黒い手榴弾を取り出し、仲間に見せた。

 「となると、後はヴィブロ・メッサーでの近距離での斬撃くらいかな。あれなら骨とかも簡単に切れそうだし。」

 三人の隣を歩くニーナが右手の人差し指を立てて提案した。

 「じゃあ攻撃(オフェンス)はそれで行きましょう。誰か、他のメンバーを森の中で見かけた?」

 ルイとニーナは目線を落とし、首を横に振った。その表情は暗く、何を想っているのか察するには十分だった。

 「そう……因みに私達も同じ。無事だといいんだけど……」

 暗い顔をするユリアをニーナは勇気付けようと試みた。

 「きっと大丈夫だよ!だってみんな強いんだよ!今頃目標を倒して、森の外で私達を待ってるよ、絶対!」

 ――――そう、その時、ギルド長なのに不甲斐ない私は、その健気な明るい笑顔に救われた。勇気付けられたんだ。

 「うん。そうだね!きっとだいじょうぶだよね!」

 しかし、死は少しずつ彼等に近付いて来ていた。

 ――――その後、私の目の前で起きた出来事は―――――嫌だ、思い出したくない、思い出したくない、助けて、ニーナ、スフィル、みんなぁ……

 「待って、何か聞こえる!」

 しかし無常にも、進度の遅い脱出が不幸を招いたのか、後方から骨で成った狼たちが数十匹という大群で四人の周囲をあっという間に取り囲んだ。

 「この数はいくらなんでも……この森にいた残りを全匹投入したのか!?」

 ルイは驚きを隠せず、目の前の光景に狼狽した。

 ユリアは即座に命令を飛ばす。

 「三方向でオッヅを囲んで守るわよ!全員、凍結弾を装填!接近戦に飛び込んできたらナイフで応戦しなさい!オッヅは中距離支援!」

 「「「了解っ!」」」

 それからの戦闘は四人とも満身創痍で戦った。敵群の四肢を氷漬けにし、ナイフで胴体や頭部を断ち切り、固まったところを爆弾で吹き飛ばした。

 四人ともがそれぞれ軽傷、時には重症を追いながらも八割以上を倒し、敵は撤退し、奇跡的に命だけは落とさずに済んだ。戦闘時の記憶は、集中し過ぎていてあまり残っていなかった。

 これも今までチームプレイで育ててきた絆の賜なのだろう。

 もしかすると最初から11人で行動していれば、怪我をせずに依頼を終えることができていたのかもしれない。そう思うと後悔が頭の中を駆け巡る。だけどもう、そんな顔はみんなに見せられない。

 『せめて、みんなを心配させないように……』

 「そう言えば、いつの間にか濃霧は消えたみたいね……みんな、もうバイザーを外しても大丈夫よ」

 「あれ、ほんとだ……誰かが神木をやったのかな……」

 「ふぅ……きっとルーちゃん達だよ!きっとそう!」

 仲間達がまだ生きているとう確信を持てたことが嬉しくて、そのまま四人はその場で数分間の休憩を取ることにした。

 8分後、応急処置を行った四人は、改めてバイザー越しではなく自分の目から直接周りの景色を見た。

 「それにしても、もうここら辺一帯がすごいことになっちゃったわね……」

 ユリアは周囲を見渡しながら感想を漏らす。

 他の三人も彼女と同じように驚くばかりだった。

 四人の周囲一帯が氷で埋め尽くされ、雪野原とそこから生えたガラス細工と表現できそうな光景になっていた

 「まるで、シェリーノークの銀世界みたいだ」

 「ああ、そうだな……。」

 オッヅがルイの感想に同意し、依然ギルドで行った氷の世界を懐古する。

 「うわぁ~、綺麗だね、ユリね…………え?…………何、アレ?」

 ニーナがユリアの正面に立ち、ユリアを振り返ると、その光景が眼に飛び込んできた。   

 『死神が持つような大きな鎌を持った、ボロボロの外套を羽織った骸骨。そいつが出口方面から物凄いスピードでユリ姉ぇの背中を断ち切ろうと駆けてくる…………今からじゃ……ユリ姉ぇと二人では避けられない。   私たちはたった今、大勢の敵に立ち向かって勝利を掴み取った所なんだよ!?そんな勝利の余韻に浸る間すらこの世界は私達に与えてはくれないの?さっきの戦いで体中が切り傷とか咬み傷で痛いよ……お母さん……。―――――あぁ、そうか……もう、私にはお母さんはいないんだった。それはこのギルドに居るみんなが同じ……だから私たちは家族の暖かさが欲しくて、このギルドに集まったんだよね。でも、ユリ姉ぇが死んじゃったらこの暖かな私達の居場所が失くなっちゃう。それだけは絶対に嫌だよ…………せめて、せめてユリ姉ぇだけは逃さないと…………』

 ニーナは傷付いたその体で、その細い足で、地面をしっかりと踏み込んだ。しかし、蓄積し続けた疲労のせいか、意識とは無関係に、力を入れた足が崩れそうになる。

 『お願いします……お母さん……みんな……今だけ私に、こんなひ弱な私に、大切な人を守るために、一歩踏み出す勇気を下さい!』

 フワリと、一瞬だけ膝が軽くなった気がした。次いで、脳内を過ぎった死への不安が霧散した。

 そして私は持てる全ての力で、ユリアを大鎌の軌跡が通らないところまで突き飛ばした。

 「ユリ姉ぇっ!後ろっ―――危ないっ!」

 その後のことは……あんまり考えたくないな……。ゴメンネ、みんな……ありがとう。―――――私、みんなと一緒にいた時間ね……とっても楽しかったよ。それとルイくん……実はわたしね、キミのことが―――。

 ――――ザシュッ

 「ニーナアアアアアアアアアアアッ!!」

 少女はユリアの目の前で鮮血を散らしながら吹き飛ばされた。数秒前まで仲間だったソレは近くの大木の幹にぶつかり、もう再び、あの優しい笑顔を見せることは無い―――――。

 「うわあああああああああああああああああああっ!」

 体勢を立て直したユリアが魔導式拳銃より凍結弾を連射し、目の前の骸骨公を氷像にしようと試みるが周囲に渦巻く霧のような霊体に阻まれ、それは叶わない。

 「この、この……なんで、なんで効かないのよッ!?」

 「リーダー!ここは一旦逃げないと!」

 「イヤ!嫌よ!ニーナ!ニーナアアアッ!」

 ――――――バチッ!

 「―――――――へ?」

 「何やってんだよッ!アンタは!ここで俺たちが生きなきゃ、何のためにあいつはアンタをかばったんだよ!」  完全に冷静さを欠いていたユリアに平手打ちを加えたのは、今まで黙っていたルイだった。―――――その両目には、溢れん程の涙を貯めている。

 右頬に衝撃を受け、ユリアはなんとか崩壊しかけた思考回路を元に戻す。

 「……ルイ。―――ごめんなさい。私……」

 「いいから、今は逃げよう」

 「そうだぞルイ。お前はリーダーを連れて逃げろ、ここは俺が食い止める」

 その言葉に、ユリアは唖然とする。

 「オッヅ!?あなた怪我してるのよ!?しんがりなら私が務めるわ」

 「いいやリーダー……あなたは生きないといけません。今まで、色々と苦労をかけました。みんなと一緒にいた時間……本当に楽しかったです。」

 オッヅがそう告げると同時、骸骨公はこちらを向き大鎌を構え直し、膝を屈伸させ力を溜めた。

 それを横目に見て、オッヅは右手でヴァネッサk73ショットガンを構え、左手で残った4個のエレメント・グレネーダの内、4個を放り投げ、霊体がそれに群がる直前に空中で撃ち抜いた。

 ひび割れるような、金槌で打ったような甲高い音が耳を劈き、三人と骸骨公の間に幅広く厚い氷壁が一瞬で現れる。

 耳を抑えていたルイとユリアにオッヅは小さく呟いた。

 「親が居ない俺にも、こんなに幸せな時間を過ごせたんだ……もう思い残すことはほとんどない。だからみんな…………生きてくれ。」

 そうしてオッヅは口早に暴風魔法を唱え、二人を骸骨公とは反対の森の内側へと、巨大な幹と衝突させぬように、しかし己に残る大半の魔力を消費して力の限り吹き飛ばした。

 「――――――ッ!」

 二人は吹き飛ばされながらも何かを叫んでいたが、オッヅには何を言っているのか解らなかった。先程から耳が殆ど機能しないのだ。

 程なく、氷壁をガリガリと削って現れたスカルハンターと対峙し、オッヅは叫びを雄々しく上げながら地面を強く蹴った。

 「オッヅ、あの……馬鹿……ッ!」

 ユリアは力任せに拳を地面に叩き付けた。

 この場所は第一、第二次警戒区域の境界線。

 周りにはやはり太い大木が生い茂っており、遠方への視界を遮っていた。

 ルイが自らの頭を抱え、震えるように一人呟く。

 「もう、戦うしか無い……戦うしか……」

 あの骸骨はオッヅを殺した後、直ぐに追いついてくるだろう。何しろ自分たちが森の外へ全力で向かっていたのに、外側方面から悠々と現れやがった。

 どうしてあんなスピードを出しているか皆目見当がつかないが、それが事実である以上、もうあまり時間は残されていない。

 少し遠くで嘆いているユリアを見やると、或るものが視界内に入ってきた。

 それは地面に突き刺さったジェネレータの金属棒。それは予備で使わなかった分も合わせて自分も二本持っている。

 「リーダー、ジェネレータの支点、今何本持ってる!?」

 「1本だけど……」

 その希望が含まれるような呼びかけにユリアは半ば唖然としながら答えた。  

 「それなら、あの骸骨野郎に……勝てるかもしれない……」

-自作小説