「よし、もう15分も経った。ルーチェ、後方支援は任せた。」
「了解です。装填する魔弾は『溶解弾(メルティ・バレット)』です。」
画して骸骨公の背後から、必殺の魔弾は放たれた――――――。
現在、『GunSlinger-ガンスリンガー-』で遠距離攻撃(スナイピング)を得意とするのは弐栞一葉、ルーチェ・シェラードの二人のみだ。
他のメンバーは銃術の他に中距離戦闘やトラップ工作、剣術などを個別に得意としており、唯一ギルド長であるユリア・ノーチェスがその全てに、極めるまでは行かないが中段クラスに精通している。
今回のように全員で1つの依頼に参加し、加えて二人一組(ツーマンセル)で行動することは珍しい。しかしその場合は毎回定石となっているペアを作ることにしている。
ユリアとオッヅ(オールマイティ&唯一足りない腕力を補う万能ペア)
ニーナとルイ(トラップ工作&剣術で中距離戦闘を得意とするペア)
スフィルと一葉(中距離戦闘+近距離格闘&遠距離射撃+トラップ工作のバランスペア)
リサとドリスとルドル(全員が中距離とナイフ戦闘。リサだけが爆薬を多用する異種中距離ペア)
ミズキとルーチェ(剣術&遠距離狙撃+トラップ工作を得意とするペア)
依頼の内容ごとにペアは随時変更されるが、基本的にこのペアにすると調子が良いとユリア談。
そして対象の殺害、破壊を最も得意とするミズキとルーチェのペアは今回もまた迅速に依頼(ハント)を開始した。
ルーチェの放った魔弾は空気を突き破るような音を立て、骸骨公の頚椎を確実に撃ち砕き、それが叶わなくとも魔弾特性である「溶解」によって頭と首が分断されるはずであった―――――しかし、
――――ガキンッ、ギュルルルルルルルル……
高速回転を受け射出された魔弾は、標的の背後1メートルの場所に存在していた不可視の壁に阻まれて届くことは叶わず、そのまま回転しながら壁と拮抗し、ポトリと落ちた。
「何ッ!?あれは……霊体……障壁!?」
こちらに気付いたのか、髑髏がゆっくりと背後を振り向く。
「――――――チッ」
ルーチェは思わず舌打ちをし、場所を変える為に移動。道すがら、疾走するミズキを目で追う。
ミズキは銀色の少し変わった持ち手の剣を手にし、骸骨公へと斬りかかった。
不可視の壁と剣の間に、幾度と無くの刃物が擦れ合うような音が発生する。
しかし、依然として標的の周囲1メートルに存在する壁に阻まれて斬撃が通ることは無い。
「――――――なら、これでどうだッ!」
ミズキは銀色の剣で霊体障壁に突きを行った。引き裂くような音を上げ、刀身が半ばまで障壁内へ沈む。
バチバチと絶縁破壊じみた音が鳴る。電気を連想させるような障壁の揺らぎによって障壁の透明度は低下した。
見ると、その先端部分が壁を貫通していた。続いてその剣の持ち手に付いていた引き金を引く。
銃口から森中に響き渡るような鈍い爆発音が鳴り、周囲の空気を震わせる。
彼が使用している剣は通称ガンブレードと呼称されるもので、刀身の上方に銃身が付いているものだ。これにより、持ち替え無しで中近距離の戦闘が可能となる。
ミズキが後方へステップし、一旦ターゲットから距離を取る。
「グオオオォォォォォォォォォォォッ!」
土煙の中から、骸骨公が姿を現した。少々手傷を負ったようだが、そんな擦り傷程度のダメージでは到底ヤツを倒すことなど出来ない。
今度こそ二人を敵と認識したかのように、骸骨公は臨戦態勢を採った。
神木に立てかけてあった大きな鎌を備え、最も近くに存在するミズキに向かって一気に加速する。
ミズキを、命中すれば必殺の間合いに捉え、振り下ろされ、薙ぎ払われる大鎌。
頭に響くような、空気を切り裂く音が立て続けに発生する。
それをミズキは紙一重で立て続けに避けてゆく―――――――。
ルーチェは、少し離れた場所に再び狙撃地点を見出した。
神木のあるこの広間は周囲の木が神木の周辺に生息するのを躊躇(ためら)っているかのように木が乱雑に生い茂っていない円形の場所だ。
この森を上空から見たらきっと、ただ一本の大樹を中心としたドーナツのように円形の穴が見て取れるだろう。
広間の木々は神木以外皆無だが、その代わりにどこから運ばれたのか大人一人ほどの大きさもある岩が数個重なっている場所があった。
ルーチェが次に選んだ場所はその岩場だった。その岩の影に身を潜め、慎重にスナイパーライフルを固定する。
「今度こそは……当ててみせる……」
首から下げた銀の十字架に軽くキスをし、彼女は第一工程(シングルアクション)の魔法を自らに掛けた。
ジワりと、ルーチェの右目が朱く充血する。
右目の端の右側頭部から赤光の線が皮膚を伝って伸び、それは首を通過し、右腕を通過し、果てにはライフルを握る右手の人差し指の末端にまで届き停止した。
右目と右手の人差指が一本の光の線で繋がり、この魔法の効果ははっきりと彼女の身体へ伝わった。
最早、彼女の魔弾は決して標的(ターゲット)を逃すことはない。
魔法により、視神経のシグナルが魔力の恩恵を受け、指先の運動神経にダイレクトにタイムラグ無しで伝達される。
加えて視力、集中力、指先の反応速度が短時間の間に限るが桁違いに強化され、精密連射狙撃を可能とする。
「後は……タイミングを待つだけ……」
ジャラリと骸骨公が身に纏っていたボロボロの外套の中から、不意に鎖が4本飛び出してきた。
鎖の先端にはクナイのような鋭利な刃物が付属しており、対象を易々と貫通できそうな禍々しい光沢を放っていた。
ミズキはサイドステップ、バックステップ、後転を立て続けに行い回避を続け、どうしても回避できない鎖の刺突攻撃は銃撃や斬撃で弾き返した。
金属が金属を叩き付けるような音。そればかりが沈黙の森に響き続ける。
「ッ!この……そんな得物を軽々しく振り回しやがって……うらぁッ!」
ミズキは力任せに大鎌をガンブレードで弾き飛ばした。
その隙を突き、先ほどと同じように刺突からの銃撃を放つ。
しかし、刀身が障壁に一尺ほど刺さったところでガリッという音とともにガンブレードの先端が折れた。
「――――――いっ!?」
ガンブレードは霊体障壁への刺突時に刃を折ることとなった。それは繊細で精巧な製造過程を経ていたため、先ほどの殴り合いのような切り結びには弱かったからだ。
つまり体勢を崩したミズキは体勢を整えた骸骨公の大鎌に両断されるはずだった――――――が、
示し得わせたように、大砲じみた銃声がミズキの直ぐ側を通り過ぎた。少なくともミズキにはそう聞こえていた。
結果から言うと、遠距離から放たれた三発の弾丸が彼の命を救った。
一発目で霊体障壁と拮抗した弾に、二発目が一発目の銃弾の後部を殴るように当たり、更にその後ろを三発目の銃弾が撃ち抜く事により、一発目の銃弾が霊体障壁を突破したのだ。
霊体障壁内で発生したけたたましい爆発音のせいで、いい加減鼓膜が破れそうになる。
ルーチェは一発目に爆発効果を帯びた弾丸を使用したらしく。霊体壁を通り抜けた魔弾は骸骨公の頭蓋に命中し、中規模の爆発を発生させたのだ。
幸い、霊体障壁により目の前に居たミズキに爆炎が届くことは無かった。
「すまない、助かった、ルーチェ」
―――――いいえ。
とルーチェは眼で合図を送った。
ミズキはガンブレードを地面に放り、両脇のホルスターから二丁拳銃を取り出した。
目の前を見ると、骸骨公の半透明の霊体壁が点滅しながら、少しヒビ割れていることが確認できる。
「……グオオ」
敵の雄叫びも心なしかその勢いを減退させていた。―――――『行ける』そんな直感が二人の背中を押す。
「よし、このまま一気に畳み掛けるぞ」
ミズキは樹齢数千年はあろうかという神木に二丁拳銃を向けて魔弾を連続で放った。
神木はこのクルス霊森が霊森と呼ばれる象徴である。
本来なら生物が死んだ後、その体から放出される霊体は数秒間空中を彷徨い消失するモノだ。
しかし、神木と呼ばれるそれは自らの周囲に強力な引力を発生させ、霊体のみを長距離からでも呼び寄せる性質を持つ。
故に、広範囲から呼び寄せられ、集まった霊体は霊体濃度の極めて高い活性空間を作り出し、互いが互いを補強し合い、自然消滅が起こらない環境を作り上げた。
つまり、その空間の核たる神木が亡くなることは、霊体が拡散し、自然消滅する条件が整うという事と同義だ。
「魔弾装填―――風斬弾(ウインド・バレッド―――リロード)」
切断効果を付加された風を纏った弾丸は、大木の幹を数回に渡って削り、最終的にその大体を倒壊させることに成功した。
ゴゴゴゴゴと鈍い擦過音を立て、神木はミズキに向かって倒れ落ちてくる。
しかしミズキは右側へ回避し、結果的に神木の幹は同方向にいた骸骨公を叩き潰す形となった。
その衝撃で、爆音と突風が巻き起こり、周囲の全ては砂を盛大に被る。
「ハァ、ハァ……これで、どうだ……」
ミズキは未だに臨戦態勢を崩さず、相手の出方を伺う。
―――――やはり。
倒壊した大木は横へ転がり、煙掛かった視界の中から敵は予想通り立ち上がった。
「グッ、グオオオオオオオォォォォォォォォォォォッ!」
叫び声が周囲の土煙を吹き飛ばし、その体が顕になる。
ひび割れ、崩壊寸前の体。ガラス細工のように砕けた霊体障壁。その動きの鈍さからは満身創痍をありありと想像させる。
「やった!」
ミズキとルーチェは勝利を確信し、嬉々として己の最大魔法を唱える。
人一人の大きさほどもある魔法陣が空気中に描かれ、眼前の死に体を土に還そうとする。
『―――さぁ、これで終わりだ』
二人の描いた幾何学的な魔法陣が光を纏い、骸骨公に向けて終焉の矢が放たれる――――――
――――――瞬間、ズシャアアと砂が大量に巻き上がるような音が響き、スカルハンターの霊体障壁が砂粒を連想させる粒子となって霧のよう浮遊し、何かに引きつけられるように、二人の魔法陣へと群がった。
「な、何なんだ!?」
「魔法陣が、喰われていく……」
ノイズのような音が周囲を支配する。数秒も絶たない内に、魔法陣は跡形もなく消えていた。
「お、俺達の魔法が……」
削り取られるようにして消失した魔法陣に満足したのか、その霧は主の元へと戻り、周囲を旋回しながら漂う。
「死に損ないの癖に……悪あがきをっ!」
激怒したルーチェの魔弾が眼前の、霧を纏った骸骨に放たれた。
しかし、霧は跳んでくる魔弾に惹かれるように纏わりつき、キュルルルルルとこすれ合う音が聞こえ、果てにはコロンと、魔力を失った銃弾が地面に落ちた。
硬質なものに当たったような音もしなかった。何らかの理由で運動量を殺されたようだ。
「――――――何ッ!?」
骸骨公はそんな二人を見て、右手を周囲の霧に伸ばす。霧は一部凝縮し、一本の大鎌になり、その両手に収まった。残りの霧は依然として周囲を旋回しながら漂っている。
これを好機と見たのか、骸骨公は二人の内近い方―――――つまり、ミズキに向かって急速に加速した。
骸骨公の外套がバサバサと空気抵抗を受け暴れ返る。
一連の出来事に驚きを隠せず、ミズキは向かって来る敵に叫びながら二丁拳銃を連射した。
「く、来るなァァァァァァっ!」
ルーチェが遠距離から魔弾で支援するも、骸骨公の周囲の霧に為す術もなく魔弾はその威力を殺され、2つの影は意図も簡単に交錯し、何かが断ち切られるような鈍い音が響いた。
結果的に、ミズキはその上半身と下半身を分かつこととなった。
「そん、な……」
ミズキは悲鳴を挙げられもせずに絶命した。断ち切られた二物に霧状の霊体が群がり、ミズキの魂も自分たちの仲間に引き入れ、残った生命力を喰らい、数秒間で生の死体は干乾び、骨のみになった。
得物を振りかぶったままの髑髏は遠方の少女を見やり、大鎌を構え直す。
「い、嫌っ!」
ルーチェは頭を左右に振り、数歩後退する。顔には恐怖が塗りたくられ、目の前で起こった悲惨な出来事をまだ受け入れられないでいる。
今まで絶対の自信を持っていた魔法も魔弾も戦術も全て通じない。こんな相手に一体どうやって勝てというのか。
もはや戦意は喪失。こんな状況では、自我もまともに保っていられない。
この霊体濃度が濃い場所でそんな惰弱な精神状態では、その魂、生命力はただの餌にしか成り得ない。
自身の勝利を確信したのか、骸骨公は周囲の霊体を飛ばし、高速でルーチェに取り憑かせ、その魂と生命力を奪い、数秒で骸骨を作り上げた。
「グオォォォォォォオオオオォォォォォッ」
勝ち誇った叫び声が暗い森の中に響き渡った。