自作小説

【第1部第1章16節】Crisis Chronicles

 ミズキが最後の連絡をしてから丁度5分後、ニーナとルイは茂みの中を早足で歩いていた。

 その場所には周囲に大木が繁茂しておらず、草ばかりが生い茂った円形の広場のようだった。

 「ミズキ達……もう着いちゃったんだ、早いね?」

 「あぁ、俺達も遅れてらんねェな……ってニーナ、静かに、何か来るぞ……」

 数メートル先の茂みからガサゴソと音が聞こえ、二人はホルダーからハンドガンを抜く。

 「せぇので行くぞ…………せぇの!」

 突撃したはいいが、魔導式拳銃を向けた相手はよく見知った人物だった。

 「ってアレ?一葉?」

 二人の目の前には足を引き摺り、片手で脇腹を押さえるような体勢で此方に拳銃を向ける一葉の姿があった。

 「なんだ……二人、か……てっきり……奴らかと……」

 押さえた脇腹からは止めどなく血が滴り落ちている。

 その痛ましい姿に、ニーナは即座に駆け寄った。

 「どどどどうしたの一葉!?スフィル君は?何があったの!?」

 傷口が痛むのか、一葉はバイザー越しに片目を細める。

 「スフィルと二人で……ターゲットのすぐ近くまで行ったけど……どうやら敵は罠を張っていたようね……白い骨をむき出しにした狼十数匹に襲われたわ……それでスフィルは、私をかばって……」

 そこまで言うと一葉は地面に倒れそうになり、ニーナに抱き止められた。

 直ぐに仲間と連絡を取ろうとするが、ノイズが酷くて助けを呼ぶことは出来なかった。

 「気を付けて……奴らに私達の……武器じゃ……相性が、悪過ぎる……」

 そこまで言うと一葉は脱力したように動かなくなり、生命の糸は事切れる。一葉を抱き止めるニーナが自分の腕を見ると、それは大量の鮮血で塗れていた。

 「ちょっと、一葉!、返事をして、一葉!」

 それと同時に周囲の茂みから唸るような声が複数聞こえた。

 「一葉……わざと逃がされて……俺たちをおびき寄せるための餌に使われたか……」

 一葉の遺体を近くの木にもたれさせ、ニーナとルイは背中合わせに構え、両手に魔導式拳銃を装備した。

 「一葉と、スフィルの仇を取るぞ……」

 ルイの怒りを篭められた言葉に、ニーナは重々しく頷きを返す。

 「……うん、絶対に……」

 同時に、周囲の茂みから白骨の狼が何匹も飛び出してきた。

 闇に染められた深い森の中で銃声だけが無数に鳴り響く――――――

◇◇◇◇

 現在、リサ、ルドル、ドリスも他の仲間と同じ状況にあった。

 擦過傷を少なからず負っているが、魔弾が通じないことを知り、三人の手には高周波ナイフ(ヴィブロ・メッサー)が装備されていた。

 高周波ナイフとは、芯に魔力をエネルギー源とする振動装置が取り付けられ、その機能により刃が微細に高速で震え、切れ味を数百倍にする刃物である。

 因みに使用者の持ち手には様々な緩衝素材を使ったグリップが装着されており、決して手元がブレることはない。

 互いに背中を合わせながら眼前の狼たちを牽制する。

 「残りは九匹か……良くもまぁワラワラと出てくるもんだぜ……」

 「ルドルがもっと動いてくれてたらもう終わってたかもねー」

 「そうね……ルドル、もっとちゃんとしなさい!」

 リサとドリスはわざと強がって見せているが、やはり肩で息をしていることが見て取れる。

 いくら今まで数々の依頼を達成してきた彼等でも、銃器を抑えられた状態で、数で攻め込まれると旗色が悪い。

 「お前ら!帰ったらその性格の悪さを矯正してやるからな……せぁっ!」

 そういってルドルは、突如飛びかかってきた一体の攻撃を回避しながら返す腕でその胴を真っ二つに切断した。やはり近接攻撃までは霊体膜で弾くことは難しいらしい。

 地面に落ちた死体は劣化するように塵になり、空気中へと拡散される。

 ―――――残り8匹。

 それに続き、二人の少女も跳びかかる敵集団を弾き、両断し、吹き飛ばす。

 沈黙を守る森林内にカンカンと金属同士がぶつかり合うような音のみが数分間にわたって響き続けた―――――

 残りの敵の数も手負いの三匹のみとなる頃、グルルと低い声が、伏せる三匹の背後から発せられた。

 「ハァ、ハァ……後少しだってのに……また増援かよ……」

 しかしそれは今までの白い骨の狼とは、少し外形が異なっていた……。

 その体が完全に全体を表すと、野生生物の生態に詳しいリサは目を見開いた。

 「やっぱり……おかしいと思ってたのよ……骨だけの生物なんか存在するはずがない……絶対に原型となった生物がいるはず……それに破壊した後の自己崩壊……。」

 「つまり……どういうことなんだ?」

 「リサ……?」

 仲間に促されるように、リサは説明を淡々と続ける。

 本来、4S-Systemを受けた者ならばその脳内にごく一般的な外界の生物種の姿形や特徴を須らく記憶させている為、その生物を見定めた瞬間に適切な対処が行える筈だった。

 しかしこの場の生物は皮を剥がれ、肉を削がれていたが故にその記憶領域に検索をかけても同一の生物種を見つけることは叶わなかった。

 4S-Systemと言っても、決してこの世界に存在する全ての情報を脳内に転写しているわけではない。

 人類の発展の為に造られたその同期システムは不必要な情報共有を可能な限り排斥する。例えば他人の部屋の内部情報や都立図書館の蔵書の種類などの、必要な者だけが知っていればいい情報……そうでなければ人間の脳が情報集積庫の途方も無い情報量耐えられる筈もない。

 その為、この世界に住まう生物種の骨格情報もこの「不必要な情報」に分類されていた。少し物知りな一般人が知り得る情報といえば、せいぜいクレセントウルフの長が――――――――

 「こいつらの正体は……クレセントウルフよ……彼等は霊体濃度が濃く月の光が当たる場所を好んで巣を造る。その為、習性的に肉体が死んだ瞬間に霊体に支配されないようにアポトーシスが働いて自壊を起こし、土に還るはずなのに、

 何らかの理由で、その自壊作用が阻害されて霊体に支配されてる。破壊されて自壊した後に他の仲間が寄ってくるのは、霊体によって支配されていた体が崩れて、霊体が空気中に開放され、その場所の霊体濃度が上がり、

 それに惹かれた奴らが呼び寄せられるからってとこかしら。そして私達を執拗に狙う理由、霊体は霊体を増やすために活動する……つまり殺害本能に突き動かされるからだと思う。」

 「さすがリサ……よく分かったわね。」

 「初めは私にも何でこんな生物が存在するのか……って思ってたけど、狼の親分が自ら出てきてくれたから確信したわ。クレセントウルフの群れのリーダーは、人狼だから……」

 そういってリサは右手に人差し指で目の前の二足歩行をしている、矢張り骨の人狼を指した。

 「何でいくらクルス霊森とはいえ、こんなにも通信機が妨害され、バイザーを付けなきゃいけないぐらい霊体濃度が上がったのかは知らないけど……霊体濃度が高い空間を好んで巣を造る生物はクレセントウルフだけ……もう他の生物は森から退散した後だったのね……そして残った彼等もさすがにこの濃度には耐えられずに死に絶えたってとこかしら。私達も、此処を早く出ないと危ないかも…………」

 そう言うと、リサはポケットから黒く弾力性のある球体(エレメント・グレネーダ)を3つ取り出した。

 「リサ、お前、一人で格好良いとこ持って行き過ぎだろ」

 「きっと……他のみんなも、そのクレセントウルフとやらの死骸に襲われてるでしょうね……できるだけ早く、合流しないと……」

 ルドルとドリスも手持ちのナイフに魔力を込め、一瞬で刃面を研磨した。

 「さっさと終わらせるわよっ!」

 リサは魔力を込め、黒色のボールを左右の木々に投擲する。

 投擲したボールは周辺の木々の幹に数回に迄びバウンドし、直後、複数の方向から四匹の元へと殺到した。

 着弾時に硝子の割れるようなけたたましい音と共に巨大な氷塊が出来上がり、敵を閉じ込める―――しかし、

 爆発の瞬間に上方へ跳躍していた人狼だけは氷結させることは叶わず、上空からリサに向かって落下してきた。

 「させるかよっ!」

 ルドルは手持ちのナイフを投擲し、強襲してくる人狼の脇腹を捉えた。

 シュッと、空気を裂くような鋭い音が鳴る。

 しかし敵は体を捻り、それを造作もなく回避した後、やはり落下地点のリサを執拗に叩き潰そうとする。

 ―――――が、

 立て続けに銃声が響き渡り、状況は攻撃どころではなくなった。

 ドリスがホルスターから即座に引き抜いた魔導式拳銃の魔弾が強襲を阻止したのだ。

 チュンッと一発目はどこかに掠ったが、人狼は器用に、だが想定外の落下地点に着地した後、両手足をフルに使い後転を数回繰り返して迫り来る魔弾をいなし、最後は腕の力だけで跳躍し、氷塊の上に着地して距離を取った。

 ―――――ギン、と人狼の鋭い眼差しが自らの右手を見た後、続いて前方の3人の人間を睨んだ。

 カチカチと氷が形成される音が人狼から発せられる。

 先の魔弾が掠った右腕の一部から氷が侵食して、腕の付け根の部分までを凍結させていた。

 「やっこさん、どうもキレたみたいだぜ」

 ルドルの頬から冷や汗が垂れる。

 「どうやら、魔弾事態は弾かれても、凍結弾の効果は少し反映されるようね……体全体を凍らせるくらい魔力を込めたのに……まあ、仕方ないか……」

 ドリスは服に付いた埃をパンパンと丁寧に叩いては落とした。

 「二人共、帰ってから改めてお礼させて頂戴」

 リサは二人を見て微笑み、銃とナイフをその細腕に構える。

 しかし、このまま敗れ去るほど、霊体に自我を乗っ取られ、狂化された人狼は甘くはない。

 「ウオォォォォォォォォォォオオオオオオンッ!」

 直後、人狼の雄叫びが耳をつんざく。

 次いで氷塊が倒れるほどの脚力をバネに、片爪を振り上げて、人狼が飛来する。

 ――――ッ!

 三人は凍結弾を地面に撃ち、即席の三重氷壁を形成し、その勢いを殺そうとする―――――が、

 飛びかかってきた白骨の人狼は想定よりも逸早く着地し、瞬時に三角形を描くように二回方向転換をして氷壁を迂回し、三人の背後を襲った。

 「クッ、速過ぎっ……」

 反射的に少女たちは目を閉じ、直死から目を閉じる。ただし、一人は、反射的に――――地面を踏み締めた―――――――

 ―――――そして、

 ポタッ、ポタッ……

 死へと誘う衝撃が来ないことに疑問を抱き、少女たちはスゥっと薄目を開け、直ぐにその大きな瞳を開けることとなった。

 「ちょっと……ルドル、冗談でしょ……?」

 二人の少女を両手を広げてかばい、ルドルは人狼の片腕にその胸を深く、深く貫かれていた……。

 「ゴホッ……」

 大量の血液が咳とともに地面に大量に吐き出される。

 「ゴメンな……先に……けど、……どうにか、生き残っ……」   

 言い終えぬ内に少年は沈黙し、人狼に乱暴に振り回され、果てには左腕から抜け落ち、左方へと吹き飛ばされた。

 「「う、うあああああぁぁぁぁぁぁァァァァァッ!」」

 こうなってはもはや策を考えられる聡明な思考力はどこにもない。

 満身創痍になった少女達は、両手のナイフと魔拳銃を振りかざし4メートル先の怪物へと立ち向かっていった。

 魔弾を乱射するが、残像を残すかのように左右に回避する人狼は情け容赦なく、攻撃範囲内に入ってきた人間の片割れ――――ドリスを左方へ蹴り飛ばした。風圧でリサも両腕で顔をかばいながら後退させられる。

 しかし、ドリスは―――ニヤリ―――と笑い、直後鈍い音を響かせ、大木の幹に叩き付けられて気を失った。

 「……グオッ!?」

 人狼の左足に鋭い痛みが走り、思わずうめき声を上げる。

 見れば左足の脛に先ほどまで人間が片腕に所持していた刃物が根本まで刺さっており、剥き出しの骨がひび割れていた。

 何故骨だけの体になって痛みが生じるかは不可解極まりなかったが、これも電気的性質も伴う霊体の作用だろう。

 しかし実際には人狼はそんなことを考え得るだけの人間的知識は備えていない。これはリサが人狼の反応を見ての勝手な見解に過ぎない。

 ドリスが遠方へ吹き飛ばされたことにより、リサは先ほどより自分の感情を幾分か押さえていた。

 「ありがとう……ドリス……ありがとう……ルドル……これで――――――目の前の仇を斃せる」

 振動剣を脚部から引き抜いた人狼はその刃物をそのまま地面へと放った。

 骨がギシギシと軋むが、目の前の童女を八つ裂きにして内蔵をえぐり出すぐらいは造作も無い。

 そのまま一匹と一人は目を合わせ、同時に飛び掛かった―――――――

 と思われたが、リサは後方に跳躍し、右手に持ったナイフを人狼に素早く投擲した。それは強力な縦回転を孕みながら目標へと殺到する。

 人狼はリサから見て左側へ少し体を振ってナイフを避けた。

 ―――――当然だ。何故なら人狼にとって左足はもうほとんど使い物にならず、自分の左半身に投擲されたそれは右側に回避したほうが格段に効率が良かった。

 そして当然のように右脚で地面を踏ん張り、眼前の小娘に飛び掛かろうとした時、不可解にも、予想以上に体が傾き、人狼は慣性の法則によって地面に自ら転倒した。

 次の瞬間、当然のように襲い掛かってきた六発の氷の魔弾に体中を貫かれて、強制的に地面に貼り付けにされた。

 ―――――何が起こった!?絶対に力は加減していたはず……体勢を立て直して……飛びかかれたはず……なのに、計算より左半身の体重が軽かった……?

 「貴方は今、そう思っているのね……思えればの話だけど……」

 人狼は自らの身体を見る―――――左足が砕け散っていた。

 「五大元素(エレメント)を銃弾に付加し、その魔弾に耐え得るだけの特別な銃身を用意できるのはギルドメンバーの全員ができること。それはこのギルドへの参加資格でもある―――――」

 「しかし、魔弾にはその5種類以外にも8種類。メジャーになっているモノだけでも計13種類のモノがある。」

 「貴方が右へ私のナイフを交わした瞬間、右脚に力を貯めるために一時停止した瞬間に撃ち込んだのはその中でも対物(アンチマテリアル)系統に属し、私とギルド長のみが能力系統的にマッチしていて使用出来る『振動弾(シェクト・バレッド)』」

 「本当は最初から使いたかったのだけど、どうやらアナタ達の体表面には霊体がべっとりと入り付いていて凍結弾以外の魔弾はあまり効果がないらしいから、奇跡的にドリスが穿った骨のヒビに魔弾を放ったわけ」

 「結果的に、アナタは失った左脚の体重分だけ勢いを付け過ぎて転倒した。高速で動く左脚のヒビを魔弾で撃ち抜けるか、正直危険な賭けだったけど、私には確信があった。撃ち抜けるという確信が。」

 「窮地での瞬間的集中力と一点の光明。それが私が、仲間から貰った―――――勝利へのバトン。」

 静かに、淡々と、落ち着いた口調で少女は語る。

 「ふぅ、意味もなく喋り過ぎたわね。野生動物は好きだけど、仲間を殺したアナタは――――――特別に大嫌いよ。」

 語り終えると、少女は振動弾を再び篭めた魔拳銃を標的に向け、

 「あぁそうそう、もし右腕が使い物になっていたら最後の方向転換の時、もう少し違う結果になっていたかもね……」

 森に鳴り響いた単発の魔弾は標的の頭部を打ち抜き、画して人狼との殺し合いは幕を閉じた。

 人狼の自壊が始まり、それは三日月型の月に照らされながら夜の闇に霧散していった。

 それを見届けると、少女は瀕死の片割れに駆け寄った。

 「ドリスー、死んでないわよね?」

 「ええ、肋骨が何本か逝ったけど、命だけはなんとか……」

 ――――――しかし、

 「そう、じゃあ3回戦を始めるわよ。出来るだけ奴らの数を減らして、みんなが逃げれる可能性を上げなきゃ……」

 「リサ、あなた、その怪我……一体どこで……」

 リサいつの間にか脇腹から大量に出血させていた……

 「最初の乱戦の時ちょっとね……」

 「そんな……今すぐ治療を……」

 「ダメよ、もう敵が押し寄せてる……」

 狼の低い唸り声が周囲を埋め尽くす。

 残った手持ちの武装は、二人合わせても手榴弾(エレメント・グレネーダ)2つと魔導式拳銃2丁のみ。

 「先に逝ったルドルのためにも、奮闘しなきゃね……」

 ――――――そして、終わりは始まった。

-自作小説