画して、仲間との通信手段は絶たれ、クルス霊森の中を迷いながらも歩き続ける生者が11名。
その中でも、排除対象の背後25メートル地点までミズキとルーチェのペアは迫り、待機していた。
「ク、他はまだなのか……あれから一向に連絡がないぞ……」
ミズキは隣の赤みがかったセミロングの少女に嗜められる。
「ミズキ、まだ最後の連絡から10分しか経ってないです……が、明らかに応答が無さ過ぎですね。確認を取りましょう」
ルーチェは顎付近に備えられたの集音マイクに連絡を呼びかける。
「こちらベータ1。皆さん、そちらはどんな状況ですか?」
しかし耳障りな電子音しか聞こえず、ルーチェは苦虫を噛み潰したような顔をし、
「……ミズキ、どうやら周囲の霊体濃度が濃すぎて魔力による通信が妨害されているらしいです。貴方ならこの状況、どうしますか?」
ミズキは少し考える素振りを見せ、
「15分待つ。それで誰も来なかったら俺達だけで奇襲をかける。いいな?」
「――――――了解です。」
◇◇◇◇
喧騒の増す森中に幾多の生物の残滓が渦巻いている。
最早森自体の機能の大半は失われ、それは霊体により補填されていた。
死者の残滓が生者を喰らい、その規模は際限無く膨張してゆく。
本来、この規模の霊体特異点はリエニアには珍しくない。しかし或る突出した点に於いて、この異界は他の霊体地域と一線を画していた。
――――――それは外界への侵食性質
これは通常では起こり得ない現象だ。加えて霊体地域の定義からさえも零れ落ちている。
霊体特異点、重力特異点、魔力特異点等…………このような規格外の負担領域は様々な媒体を核として成っており、神佑地とも呼ばれる。
土地が特異点と成る場合はその土、神木などの静止物が核として選定されることが殆どだ。
しかし、中には移動能を持つモノ――――――動物が特異点となる場合もある。
それらは土地神、守り神、川の主などと祀り上げられ、大半は世界の安定化の為に途方も無く延長されたその寿命を捧げる。
だが神格化されたモノの中でも自らの存在意義を見失い、持て余した力により狂化し、危険と判断されたモノは須らく専門の機関により抹殺される。
中でも一番厄介なのが『偶然にも、形成される直前の負担領域に人間が存在し、幸か不幸かその者が負担領域の核として世界から選定された場合』だ。
負担領域内から「核」が持ち出されれば、負担領域は一度自然消滅し、内部の動力素は大気中に放出され、「核」を中心として負担領域は再形成される。
そして人間ほど移動頻度が高く、業が深く、私利私欲の為にその力を行使しようとする生物は他に類を見ない。
実際に都市の記録に拠れば過去に数回―――――それが原因で大規模な重力異変、霊体汚染が発生している。
故に、現在はその殆どの場合、生後でも母体内でも特異点で在る事が判明するとその者は拘束され、その一生を機関に監視、管理される。
これら特異点は在るべくして存在し、一時的な消失こそ在れ、それが恒久性を帯びることはない。
それは負担領域が世界のパワーバランスを整える為の存在――――――人間に喩えるならば必要悪そのものだからだ。
正には負を、陽には陰を、実には虚を、光には闇を。
最も、霊体と霊体領域の性質は反転していないが、調律因子(バランサー)としての関係性は他と似たようなものだ。
左方向への過剰な力を右方向からの力で標準状態へ修正、安定化させるのと同様に世界に満ちる過剰な霊体や重力子、魔力素はそれぞれの特異点の動力素貯蔵効果によって均衡を保たれている。
その為、リエニアに存在する負担領域の位置は不定だが最大総数、及びその限界規模は決まっている。
つまり、存在し得る数の上限は存在するが、勝手に既定数以上の増殖、規定規模以上の拡大は在り得ないということだ。
世界に動力素が溢れれば特異点は規定数まで増殖し、逆に動力素が困窮すれば特異点は不足分のエネルギーをその内部から吐き出し、貯蓄分が無くなると消滅する。
では、緩衝限界を超えた枯渇状態、その逆である飽和状態に達するとどうなるのか。
その場合、どちらの場合も調律因子(バランサー)が機能限界を迎え、後は傾き過ぎた天秤が引っ繰り返る。――――――――つまり、世界が崩壊するだけだ。
発端からか、それとも或る時を境にか、少なくとも現状、世界は限りなく危ういバランスの上で成り立っている。
その考えを説いた学者は「世界は常に自壊と再生を繰り返し、革新を求めている」と発言していた。
学者はその後、何処かへ消え去り、誰も捜し出す事はできなかった。まるで異界へと吸い込まれたように。
話を戻すと、自己の異常拡大、外界への浸食作用という二点に於いてこのクルス霊森は異質だった。
それが人為的で在れ、非人為的で在れ、このまま放置すると世界の存続に関わる。
故にユリア達『GunSlinger-ガンスリンガー』に課せられた依頼には当然、この事態の収拾も含まれていた。
◇◇◇◇
―――――――――ザッ、ザッ、ザッザッ
足並みの揃わない二人組は森の中の曲がりくねった通路を闊歩していた。
「か、一葉はこういう場所……得意な人?」
緊張した面持ちでスフィル・ノーチェスは自分の斜め前を行く弐織一葉に話しかけた。
一葉は振り向くこと無く、依然として前方を見ながら応える。
「確かに少し冷たい感じがするけど……別に我慢できない程では無いわよ?」
「そうなんだ……俺はちょっと苦手かな。だって空気が少しピリピリしてるし……静か過ぎるし……」
「スフィルは都内の喧騒に飲まれ過ぎよ。どうせ毎日毎日夜遊びしてるんでしょ?」
根も葉もない事を指摘され、スフィルは慌てた。
「ち、違うよ!俺は夜はその……と……特訓……」
「ん?何言ってるのか聞こえないわよ?」
スフィルは内心で溜息を吐いた。好きな女性が傍にいて、且つ、場を保たせようと試行錯誤するとどうも変な方向へ反れてしまう。
加えて一葉はスフィルの恋心に鈍感であるため、二人の心は頻繁にすれ違う。
『はぁ……何で俺と一葉って戦闘中以外はこんなにも息が合わないんだろう……』
その後、二人は黙々と歩き続けた。
地面から露出した大木の根を登り、避け、潜(くぐ)り抜けた。
このクルス霊森自体、木々の密度は極めて高いが、中でも二人の侵入ルートは最高密度を誇っていた。
最早大樹の根が道であり、地面の露出した面積のほうが狭いほどである。
何れ根が邪魔で先へ進めなくなるかも知れないという不安が頭の中で渦巻いていた。
暫く歩くと、不意に一葉が立ち止まった。
「どうしたの、一葉?」
「し、静かに……」
一葉は口元に人差し指を立てスフィルに沈黙を促し、周囲を慎重に警戒した。
「誰かに見られているようね……」
「周りに生物の気配なんて無いのに……居たとしてもバングルに魔力を感知されるはずだよ……」
――――――――――不意に、木の根の影から犬が呻くよう音が聞こえてきた。
それは寂しがるようにクゥンと鳴いている。
『……犬?』
二人はそう受け止め、その木の根へと瞬時に回り込んだ。
―――――――――――ッ!?
そこにいたのは骨を剥き出しにして蹲(うずくま)っている白骨の狼だった。
二人は驚愕のあまり言葉を失い、事態の対処に一瞬の隙が生まれた。
喉の奥から低い音を鳴らした骸骨狼は即座に一葉の喉元に喰らい付く―――――――
「―――――ッ!させるかッ!」
咄嗟にスフィルは自分の右腕を差出し、それに敵の顎を噛み付かせる。
「ぐっ!」
「スフィルッ!腕を!」
痛さのあまり悲鳴を上げるスフィルに近寄り、一葉は膝に装着していた刃物でその狼を刺した。
頭部を刺され、地面に落ち、白い霧へと昇華していく死骸。
それを余所に、二人の周りから猛獣の荒い呼吸音が聞こえてきた。
「スフィル……敵は大勢のみたいよ……いける?」
「何とか……」
既に二人の周囲十数メートルには、総勢20匹もの獰猛な既死の狼が何処からとも無く集まって来ていた。